Iは艶っぽくなった。
昔は化粧もせず、宇宙人のように無機質な顔をしていた。 何を話しても論理的で、機械のように正確な思考回路だった。 「ちったぁ女っぽくなれば?」としょっちゅう本人の前で愚痴っていたのに。 それが、どうだ。 結婚生活1年半も経つと”ヒトヅマ”になった。 ぼさぼさに長かった髪にはパーマがあてられ、 ちゃんとアイシャドウと口紅も塗っていた。 時折見せる笑顔もやわらかくなった。 愛されると人はここまで変わるのか。 イタリア人街のとあるレストランで一緒に昼食を食べながら、そんなことを思っていた。 Iは今取っているアメリカ憲法の話に夢中になり、三権分立が定着した歴史的背景について力説していた。相変わらず彼女の話は鋭く聞いていて面白い。でも、雰囲気は大学時代と全く違う。 帰国子女が多く占めるうちの学部で、Iと自分は日本の高校から上がってきた、いわゆる、”純ジャパ”と呼ばれる少数派だった。Iと初めて会ったとき、東京の女の子はこんなにも賢いのか、と驚ろいてしまった。彼女のように頭が良くくなりたかったので、1年次は一緒に哲学の授業をとった。わけがわからないままでも、「自己の身体が客体化されるとはどういうことか」など学校の帰り道に議論しあっていたものだ。学問のことならお互い率直に話合える貴重な仲間の1人だった。 そんな2人がなぜか今はボストンにいる。あの時には想像すらしなかった。 Iは大学1年のとき交換留学で来ていたアメリカ人に恋をした。初めての彼氏だったのに、4年間の遠距離恋愛を乗り越え、昨年結婚した。彼氏はボストンの某大手会計会社で働いている。家計は楽なはずだが、専業主婦にはなりたくなかったIは弁護士を目指すことにした。そしてボストンのとあるロースクールに見事合格した。昼は法律事務所でバイト、夜は学生の二束わらじで頑張っている。 ボストンに来てから何度か会ったのだが、会う度に昔の空気が壊れていくのを感じた。 いつも旦那が一緒に来るから彼女の行動が全て旦那を優先にしてしまうのも一理だ。例えば、去年の暮れには、一緒に年越そばを食べよう、と誘ってくれたのだが、いざ行ってみると「旦那がそば嫌いだからタコスでもいい?」と言われた。楽しみにしていたぶん、年越タコスは悲しかった。 しかし、今日は初めて旦那抜きで会ったが、それでも壁を感じた。昔は関心のないことでも相手の意見に耳を傾けていたが、彼女に捕鯨の話をすると、とてもつまらなさそうだったので途中で話題を変えた。結局、同級生の近況、最近の映画、お勧めのレストランなど、当たり障りのない話をして終わった。広く、深く話せた過去はもうなかった。 Iは艶っぽさを手に入れた代償に何か無くしてしまったように思えた。 昼食後、旦那が迎えに来る場所まで歩きながら、Iは笑いながら話してきた。 「Fumiも早く誰か見つかるといいね。日本人じゃないと駄目なの?」 「いや、俺は博愛主義なんで人種・国籍は問わへんで。っていうか選んどる余裕すらないがな」 「そっか、じゃあ学校でいい子見つけたら紹介してあげるね。結婚生活もいいものよ。ほんと、色々と安定するしね。」 「ほいほい、ほな宜しく頼んますわ。」 そして、旦那がの車が到着した。すぐさまIが助手席に乗り込むと旦那が頬にキスをした。 「今度、ハーバードの近くで一緒にカヤックでも漕ごう」と2人に向かって叫んだ。そして車は走って行った。 ■
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by fumiwakamatsu
| 2004-08-30 10:45
| 雑記
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