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ドバドバと

ミクシーで書き溜めていた日記を選別してこちらに転載しました。
ブログって投稿止めると消されてしまうんでしょうかね?それも
怖いので、また暇なときに転載して行きます。
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 17:06 | 雑記

特攻機の科学技術

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靖国神社の遊就館に行くと上の「ロケット特攻機」のモデルが展示されている。ミギミギしたイデ
オロギーが蠢く同館だけれども、この特攻機を見るだけでも行く価値はあると思う。これは、輸
送用の大型飛行機の下に取り付けられ、出撃時に取り外されるようになっている。そして後部に
あるジェットの勢いで敵艦目がけて突撃するわけである。たしかに当時のゴツゴツした他の飛行
機と比べると、綺麗な流線型をしている。しかし、予算の都合で量産されることはなく、数回だけ
使われて終戦を迎えたそうだ。

さて、なんでこんな飛行機マニアのような話をしているかというと、じつはこの特攻機を設計した
エンジニアが戦後にとある有名な乗り物を設計したからである。この空気抵抗を極力減らした流
線型の乗り物をどっかで見た事はないだろうか?

鋭い方はお気づきかもしれないが、新幹線である。そのエンジニアは三木忠直という人物で、戦
前は空軍の設計部に所属しており、戦後は新幹線計画のために国鉄の技術部に移った。新幹
線計画は戦前から「弾丸列車計画」としてすでに企画されていたのだが(英語で新幹線のことを
Bullet Trainというのはここからだ)、それを実現するだけの技術が無かったそうだ。そこで、空
気抵抗を減らすノウハウを知っていた三木が呼ばれたそうだ。

面白いのは、三木が初期に設計した新幹線のモデル。線路を使うのではなく、ただロープを張
り、そこに飛行機のような新幹線をぶら下げる、という案だったそうだ。そして先頭と後部にはプ
ロペラが付けられて風力で進む。車輪を使わない分、摩擦も減ってより早く走る。まさに飛行機
と列車の合体案だったそうだ。残念なことにこの案はコストがかかり実現しなかったそうだが、
新幹線の流線型は彼の案から発展したらしい。

戦時中の技術が戦後に意外な形で応用された例は他にも幾つかある。マシンガンの薬莢を自
動的に取り替える技術を転用して田植えのためのコンバインが発明されたり、戦時中に使われ
ていた無線技術をソニーの創始者が転用してラジオのトランジスターを作ったことなどがいい例
だ(ちなみに我が家の母方の祖父は、戦後になっても真空管を作る工場を経営していたそうで、
零落の憂き目をあったそうだ)。戦争と聞くとネガティブなイメージしか思い浮かばないけれども
技術発展という視点から考えると功績は大きい。

ちなみに、上の話はMITで科学史のポスドクをしていた日本人の研究者の講演で聞いたのだ
が、どうやらNHKのプロジェクトXで三木を取り上げた特集があったそうだ。たしかに好きそうだ
わな、こういう話。
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:58 | 文化人類学

寿司ポリス

横浜の中華街に中国人の友達と一緒に行ったことがある。昼飯を食べに一件の中華料理屋さ
んに入った。そこで自分は「あんかけ堅焼きそば」を頼む。腹が減ってたので、いざ食べようとし
たとき、その友人が待ったをかける。

「こんなの本物の中華料理じゃあない。中国でこんな焼きそば見た事が無い。日本で勝手に作
られた偽物だ」と言う。

個人的には、大好物な中華料理なので、本物か偽物かなど、正直どうでもいい。そんなに「真
性」を気にするなら、わざわざ日本で中華料理屋など入らなければいいじゃないか、と言おうか
と思ったけど、適当に流して堅焼きそばを喰らう。

さて話は変わるが、最近、海外の日本食料理屋、特に寿司屋さんを標的にして、農林水産省が
本物の日本料理かどうか査定しようとする計画があるそうだ。査定人は通称「寿司ポリス」。計
画が実現するかどうかはわからないが、日本食人気とともに増加するいかがわしい日本食料理
屋に歯止めをかけようという魂胆なんだろうか。

海外の寿司屋に行くと確かに「オイオイオイ」と思ってしまうような料理がよくある。アボカドを外
側に巻いた「キャタピラー巻き」や唐辛子とマヨネーズとマグロが入った「ダイナマイト巻き」など
がいい例。またアメリカの寿司屋ではラテン系の兄ちゃんがよく板前をしているので驚いてしま
う。

そこで、「こんなん本物の寿司じゃない」とつい言ってしまいたくなるが、それでは上で述べた中
国人の友人と同じになる。別に当地で食べている人々にとって良ければなにも「真性」にこだわ
る必要なんてないだろう。もし、スーツを着た堅物の日本の役人がアメリカの寿司屋で「あんた
らの食っているものは本物じゃあない」なんぞ言おうものなら、それこそいいお世話を通り越して
怒りが爆発するんじゃないだろうか?逆に、我々が食べている全ての洋食・中華料理にその各
国のポリスが来ていちゃもんを付ける姿を想像したら、たまったもんじゃない。

と、今日は父上と一緒に赤坂で寿司を食いながら考えていた。久しぶりに美味いもん食ったなー。
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:50 | 雑記

「夢はそれに向かって努力すればかならず実現する」

以下、とある人類学者の論文でイデオロギーの作用について述べた部分を抜粋。

「、、、イデオローグの嘘が人々に信じ られるためには、彼はほとんどの場合において嘘ではな
く本当のことを言う男でなければならない。ひとつの嘘を信じさせるために、いったいどれだけの
本当のことを言わねばならないの だろうか。おまけに彼は重要な嘘は何一つとしてつくことがで
きないのである。もちろん嘘を信じて人々が行動しても、なおかつその結果によって裏切られる
ことがないようになっていれ ば、その嘘は露見することなく信じられ続けることもありうる。

たとえば「夢はそれに向かって努力すればかならず実現する」と、心にもなく吹聴しているイデ
オローグがいて、心の中で はそんなことを信じる奴は馬鹿だ、実際にお前らのうちで夢を実現
できる奴なんか10%もいないんだと思っているかもしれない。しかしこのイデオローグの煽りに
心を動かされた多くの 人々が、自分の夢に対してより多くの注意を払い、それを状況にあわせ
て修正しつつ、その実現をひたすら目指して努力するならば、多くの人々が夢を実現させるとい
う結果に終わるかも しれない。イデオローグは、自分は嘘を言っているつもりでいても、実際に
は彼は本当のことを言ったことになってしまう。」
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:46 | 文化人類学

労働のカジュアル化

東京、ロンドン、ニューヨーク。この三都市が80年代後半より似たような都市開発を進めて来た
と主張する学者がいる。80年代後半より情報技術の発展と金融市場の自由化が進み、三都市
の中心部には金融系多国籍企業の司令中枢部が置かれるようになった。そして購買力が高ま
ったエリート層向けの消費施設や住宅施設が増え、都市空間が優美化されていく。

その反面、これらエリート層の仕事に奉仕するための職が必要となって来る。レストランなど直
接他人に尽くすようなサービス業だけでなく、オフィスワークなどの同じ職場を共有する一般職
のような場でも奉仕階層が増える。この奉仕階層では、雇用形態は不安定であり、常に安い賃
金で雇えるよう入れ替えが激しくなる。これは職のカジュアル化と呼ばれている。

さて、この理論は90年代初頭に発表されたのだが、六本木ヒルズの絢爛な姿や派遣社員の増
加に象徴されているように、かなり的を得ているように思える。格差社会と言えばそれまでなん
だが、面白いのはなぜか奉仕階層に起こるカジュアル化が肯定されるような言説が溢れている
点だ。「派遣の品格」というドラマが流行ったり、「自分探し」と銘打って留学がもてはやされた
り、なぜ奉仕することのプライドやかりそめの自由が賛美されるようになるんだろうか?

これらの考えが奉仕階層を搾取するために作られた虚偽意識を蔓延するイデオロギーだと古
典的なマルクス的解釈をするのは簡単なんだけれども、日本に帰って来てからその露骨さに驚
かされてしまう。
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:38 | 文化人類学

労働を消費する

先日、日記で労働のカジュアル化を肯定するイデオロギーについて書いたけど、今日ある学会
で「なるほど」と納得する話を聞いた。しかもそれは学部時代の指導教官の発表だった。

彼は定時制の高校で英語教師をしながら労働者階級がどう再生産されるか調べていたのだ
が、今や彼の生徒達も三十路後半となり、高校卒業後の人生を追って研究を続けている。そし
て今日の発表のトピックは「正社員のフリーター化」というものだった。

バブル崩壊後の日本では新自由主義(組織の介入を入れず個人が市場を通じて自己の利益を
最大化すべきという思想)が浸透し、同時に雇用体系も年功序列や終身雇用など、会社が労働
者を守るような体裁を取らなくなった。このような経済構造の変化で、もちろん正社員として雇用
される数は減り、以前も述べたように契約社員やバイトが増えて行くわけなのだが、ではそこで
彼らを動機付けているのは何か?

そこで彼はリクルートなどの人材派遣会社がどのように派遣やバイトを宣伝しているか、その言
説を80年代後半から追っていき、そこに見られるのは「労働を消費する」イデオロギーだと言
う。つまり、あたかもお洒落な服を買って自分らしさをアピールするように、派遣やバイトなどを
商品のように消費するように労働を宣伝しているわけである。そこには正社員に付きまとう制度
的なめんどうさ(上司との付き合いや無償の残業)から自由になれる個人をアピールし、貧乏で
も夢を追うことが肯定される点が強調されている。もし職場が自分らしさを消してしまうようなら
ば辞めればいい、次の職場を探せばいい、と訴えることで、企業側からすれば常に安い賃金で
雇うことができる流動化した労働者が手に入る。そして、当たり前だが不可能な自己実現の夢
は年を取る度に消えて行くわけである。

労働を消費する商品とすることで正社員がフリーター化すると指摘した点は面白いが2つ疑問
が残った。一つは新自由主義が浸透する前に「一般職」という形で正社員でありながらも女性
が奉仕労働に取り込まれていた男女格差の連続性が蔑ろにされていた。もう一つは、広告の言
説だけでなく、底辺の正社員職と比べると給与や労働時間の面で実際に派遣やバイトの方が
条件がいいのでないか、という点だ。少し「新自由主義根悪説」に偏っていたのが残念だった。

しかし、希望や主体性という個人の尊敬の根幹となるものを社会構造に還元して考える癖は彼
に植えられたのだなと再確認した。
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:35 | 文化人類学

バーボンハウス

高円寺のルック商店街には音声広告がある。無機質な女性の声で高円寺にあるお店の宣伝を
延々と流している。なんか戦時中や共産主義国のようで最初は嫌だったのだが、いつの間にや
ら慣れてしまった。

数ある宣伝の中でも、おそらく高円寺住民の頭に染み着いているのが「バーボンハウス」。

男ならバーボンを飲め
疲れたならバーボンを飲め

と、命令口調で強気に客を誘う文句で始まると、

パパの癒やしにバーボンハウス
ママの美容にバーボンハウス
ぼっちゃんの健康にバーボンハウス

と、未成年にもバーボンの健康さをアピールするたくましさである。そして「スタンハンセンの看
板が目印です」と、おそらくプロレス好きの店主のこだわりを示す言葉で宣伝を閉める。

ここまで宣伝していたら、さぞかし客入りも多いのだろう、と思いこの前店の前を通ってみた。そ
こには等身大のスタンハンセンの看板が虚しく天に向かって指を突き上げているだけだった。

どなたか、あまりにもかわいそうなので一度飲みに行きませんか?
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:32 | 雑記

鳥葬

今日、ある方と食事をしながらインタビューをしていると、何故かその人がチベットを旅行したと
きに見た鳥葬の話になった。死んだ人物をぶつ切りにして、鷹に食わせて葬るというやつであ
る。

ある村から少し離れた山の中腹に1人の葬儀屋が住んでいるそうだ。死者の家族はそこまで死
体を持って行き、目の前で鉈でぶつ切りにされるという。そしてミンチのように砕けた肉を山の頂
きに置く。葬儀屋が空に向かって「ピューッ」と口笛で合図を送ると、どこからともなく鷹が舞い降
りて来て肉をついばむ。別に全ての肉を食いきるわけでなく、鷹の腹が膨れて飛び去ってしまっ
た時点で終了らしい。家族はその一部始終を見守るという。

その人は遠くから眺めていたものの、そのとき赤い派手なジャケットを着ていたせいで、鷹も警
戒していたのかなかなか降りてこなかったらしい。後で死者の家族から怒られたそうだ。

しかし、例え鳥葬すると輪廻から逃れることができるとは言え、今まで一緒にいた肉親がぶつ切
りにされ、鷹に食われるのを見届ける心境とはどんなものなんだろう。ぶつ切りになった時点で
モノとしてしか見えなくなるのだろうか?逆にそうすることで死の悲しみを乗り越えているのだろ
うか?
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:29 | 文化人類学

ある終戦の歴史

今日サンパウロの日系ブラジル人を研究している方と話をしていて、面白いことを聞いた。

第二次世界大戦中、日系ブラジル達は、ブラジルが連合国側についているにも関わらず、熱烈
に日本を支持していたと言う。しかし、もちろん祖国に義勇軍として帰ることは出来ない。せめて
出来ることは開拓者としての経験を生かして日本軍が占領した南洋の島々へ移住し、植民化を
推進させることだった。

計画が進むうちにどうやら戦争が終結に向かっているとの情報が入る。そこで、天皇の玉音放
送が流されると言うことで、事実を確かめるためにラジオをつけてみたそうだ。最初は誰も音な
ど聞けないと思いこんでいたのだが、地球の裏側にも関わらず、かすかに天皇の肉声が聞こえ
てきたのである。しかし、肝心の勝ったのか負けたのか、という部分が聞き取れなかったそうだ。

サンパウロにいた日系ブラジル人の大半は、その後もまだ日本が勝ち続けていると信じてい
た。日系のコミュニティーに出回っていた新聞には「日本軍がサンフランシスコに上陸した」と言
う記事すらあったという。だが、ブラジル国内では、すでに日本が敗戦したという情報が広まっ
ており、一体どちらの情報が正しいのかわからなかったそうだ。

そこで日系コミュニティーは、まだ日本軍が勝っていると信じる「勝ち組」と、敗戦を受け入れた
「負け組」の2つに分断された。この両者は対立することになる。そして対立が激しくなるにつれ
て、勝ち組が負け組のメンバーを暗殺したり、爆弾テロを起こしたりという次元にまでなった。最
終的にブラジル政府が対立に介入することになり、両者は和解したのだが、それは終戦から四
年も経った後のことだった。

地球の裏側で、そんな終戦の歴史があったとは。
こういう話を歴史教科書に載せるべきだと思うのだが。
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:25 | 文化人類学

思うに

カツラを付けている人は、髪がなかった頃の反発からか、少し多すぎる髪の量のカツラを着けて
逆に不自然になっている場合が多い。「俺は自毛でふさふさたぞ。文句あるか?」と伝えるよう
なカツラをしている。そうしたくなる気持ちはとてもわかる。でも、意気込む気持ちを抑えて、逆に
ちょっと薄めのカツラを着けたほうが自然に見えるはず。そのほうが生え際が上手く地続きする
はずだ。

そう言ってあげたい。でも言えない。今中央線に乗っている、目の前に座るサラリーマンに向か
って。
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:22 | 雑記