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マルクスへの誓い

マルクス Economics and Philosophical Manuscrpitsより抜粋

「もし旅行をする金が無かったら、私には旅行をしようする欲望がないのである。つまり旅行を
して自己を実現させようとする本物の欲望が皆無なのである。もし、勉学に勤しもうとする使
命感はあるのだが、そのための金がないときは、私には勉学する使命感なんてないのであ
る。それは本物の使命感ではないのだ。」

学問が好きだからやるだとか興味深いからやるという主観性はどうでもよい。
それよりもまずは自分が交換価値のある商品でないといけない。主観性とは
自己の労働力を商品化する過程で疎外されて当たり前のものである。

と、ここまで自分を追いつめて新たな研究補助費を応募する予定。
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by fumiwakamatsu | 2007-03-29 01:20 | 雑記

あの手

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中央線沿いに住んでおられる方なら必ずや一度目にしたことがあるのが、こちらの手。
新宿駅近くに立てられているマクドナルドの広告に映っております。最後のフライドポテトを
2つの手が取り合うやつです。撮影には8時間かかったとか。
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看板を背景に同じポーズをとってもらったものの、ぶれ過ぎて看板は映らず。残念。
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by fumiwakamatsu | 2007-03-27 01:11 | 雑記

どっちつかず

とある方から日本語の論文の校閲を頼まれる。

でも高校卒業以来、正式なものを日本語で書いた事のない
自分には細かな文法・言い回しの善し悪しがわからない。
じつは、その方には自分の書いたエッセーを校閲してもらった
のだが、そのときは気付かない間違いをいくつも指摘して
頂いた。同じようにして恩を返したいのだが、できそうにも
ない。全てが正しく見える。うーむ、どうしたものか。

かと言って英語ならちゃんと校閲ができるのか、と問われると
そんなわけではない。どっちつかずなバイリンガルほど使用価値が
ないものである。いつかまともな日本語・英語が書けるのだろうか。
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by fumiwakamatsu | 2007-03-26 01:33 | 雑記

Miss Little Sunshine

久しぶりに笑い過ぎて涙が出た映画でした。
ここまで笑えたコメディは「ドッグショー」以来です。

崩壊寸前の家族が、幼い娘のミスリトルコンテストに行く為に、ワゴンに乗って旅をするという
内容です。最後にドカンっと来るオチがあるので、詳しく粗筋を言えませんが、かなりお勧めの
映画です。ミスリトルコンテストの男性の司会に、ジョンベネちゃん事件で容疑者とされた白人
男性にそっくりな俳優を選ぶという細かな気配りでした。見終わった後はほんわか幸せになれ
ることを保証いたします。東京では3月一杯までしか放映されていないようなのでお早めに!
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by fumiwakamatsu | 2007-03-25 01:26 | 雑記

結婚式なのに

去年、学部同期の女の子Nの結婚式があった。
同期の皆でレンタカーを借り、ニューヨークまでドライブ。
勉強から解放されて、和気あいあいと楽しんでいた。

宿泊先のホテルに着いてから式が始まるまで1時間ほどの暇があった。
何でそんな話になったのかわからないのだけれど、男部屋の中では「自爆
テロはなぜ自ら命を断ってまでして敵を襲うのか」という議論が始まった。

イスラムのインドネシア人Dは、自殺という行為はイスラム教の教えから
すると、最も罪深いはずなのに何故命を断ってまでテロを起こすのか
わからない、と問う。すると、エジプト系アメリカ人のAは、歴史的に
考えると、銃器がなく刀器を使ってテロを起こしていた時代ならば、
テロという行為は必然的に自殺を伴っていたのであり、武器の殺傷力の
向上とメディアによってテロの現場が可視化されたことで、あたかも
自爆テロが非合理的な行為として現在では捉えられるようになったの
ではないか、と言う。そこで、自分も、戦時中の特攻隊を例に出し、
自爆テロというのは個人の意志ではなく、組織的な行動の一部であり、
最小限の犠牲で最大限の心理的インパクトを与える戦略として実行
されているに過ぎないんだろう、と言う。

その後、議論は自殺テロは個人の意志なのか組織的な企みなのか、
という点で延々と続き、気付けば結婚式の時間だった。式場までの移動中に
同期の女の子が「一体何を話していたの?」と聞かれたので答えると、
「はぁ〜、まったく男ってこれだからロマンスもあったもんじゃないわね」と
呆れられる。

Nの結婚式は非宗教的な儀式だった。会場はワインを作るブドウの果樹園
だったのだが、神父の格好をした男性が式を取り持ち、神への誓いの代わりに
「大地によって育まれたこの葡萄酒を飲み干すことによって、大地に向かい、
結婚の誓いをたてなさい」という神が大地に置き換えれた儀式だった。そこで
また男性陣は、「あの儀式は宗教的ではないと言い切れるのか」という点を、
披露宴のテーブルで議論し始めることになった。シンボル自体は宗教的では
ないが、あれこそ「宗教とは社会が社会自体を崇拝するもの」というデュルケームの
テーゼを如実に体現したものではないか、ただ神聖性のベールが剥がれた
だけなのではないか、などと話をしていた。

こんな感じで、たとえ結婚式であっても人類学の色眼鏡が取れない連中だった。
それでもその後は皆で酒を飲んでダンスを踊り、心底楽しんだ1日だった。
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by fumiwakamatsu | 2007-03-22 00:32 | 文化人類学

鬼嫁

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ジャガー横田と北斗晶の違いがわからないのは自分だけなのでしょうか?
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by fumiwakamatsu | 2007-03-20 01:04 | 雑記

虫が見える

昨日、母親から電話が。すっかり忘れていたのだけれども昨日は母親の
誕生日だった。64歳。「まだまだ元気やな〜」と話しているうちに、「あら、
そうでもないのよ」、と。何やら脳神経の異常で、視界の片隅にコバエの
ような幻覚の虫が飛んでいるのが見えると言う。正確には虫ではないの
だが、黒い点のようなものが、ふっと、視界に入ってくるそうだ。その名は、
そのまま「コバエ症」。お医者さん曰く、別に見える以外に障害はないそう
だ。「僕なんていつも5匹飛んでますよ」とお医者さんも同じ症状だとか。

じつは。

自分も同じ症状なのである。部屋でパソコンの画面を見ながら顔を
上げると、いつも視界の片隅に小さな黒いものが飛んでいる。しかも、
1匹じゃない。2匹、3匹と。しかも最近数が増えている気がする。
「ひょっとすると遺伝系の病気じゃないの?」と母親に不安気に尋ねる。

「今も見えてるの?」

「うん。」

「ちょっとそれ捉まえてみなさい。」

言われるがままに視界に入って来た黒い点にさっと手を伸ばして握って
みる。すると手のひらにはコバエの死骸が。「あんたのコバエ症は部屋を
掃除すれば治るわよ。」たしかに台所付近によく飛んでいたわけだ。

と、まあこんなオチがあったのは嘘なんだけれども、じつは本当にコバエ症
のようなのだ。自分の場合は、頭を急に動かすことがあると、金粉というか
火の粉のようなものが視界一杯に舞うことがたまにある。初めて見えたのは
小学校6年のときに逆上がりした直後。最初はびっくりしたものの、その後も
くしゃみをしたときや、急に立ち上がると、目の前に金粉が舞い出し、すっかり
慣れてしまった。金粉症とでも言うんだろうか。どなたか同じ症状の人いますか?
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by fumiwakamatsu | 2007-03-17 00:43 | 雑記

Post Modern Missionary: Travelling without Moving

宣教と言うと、個人的にはどうしてもフランスシコ・ザビエルの姿が思い浮かぶ。
二度と祖国に戻って来れるかもわからず、異国の地に骨を埋める覚悟で布教に
命を捧げる。キリスト教が根付く為に現地の言葉を習得し、自給自足の生活を
送り、果ては人気の代価に弾圧されるのも恐れず長く渋とく滞在するのが普通
だと思っていた。そこまで長居するのは宣教師と人類学者くらいだろう、と。

しかし、宣教のスタイルも現在では大きく異なるようだ。

ボストンで知り合いになったクリスチャンの友人が夏に短期で行ける宣教の場所をネットで
探していた。そのサイトを見せてもらうと、どこかで見たことのあるような錯覚に
陥った。昔、一度やろうか考えていた「青年海外協力隊」のサイトにそっくりだった
のだ。どの国でどのような慈善事業があるか、期間と活動が明記されてあった。
しかし、1つ異なるのは宣教に行くのにいくら必要か、その費用も書かれている点で
ある。短いもので、2週間、長いものであれば2年ほどの期間で様々な宣教活動が
載せられていた。これらの費用は教会の他の信者からの寄付で賄うようである。

その友人は、前の夏に参加したラオスでの短期の宣教を写真付きで説明してくれた。
まず最初にアメリカのどこかで研修を受けた後、バンコクの宣教用宿泊所のような場所に
入る。写真で見る限り、そこは中級ホテルのように清潔で綺麗なところで、昔、自分
が泊まったカオサン通りの安宿とは大違いだった。それから7人くらいの
グループでタイ北部のラオス国境へと移動。どうやらガイドも付き、3日間
歩きながら目標のモン族の村まで向かったそうだ。当村では一泊だけ村人の
家で泊まらせてもらい、その後は同じようにトレッキングと自動車でラオスの
都市部に行き、観光。全部で2週間ほどの宣教だったそうである。

宣教ということなので、「実際、村で布教活動をしたの?」と聞くと、別に
1日だけだったのでそんなことはなかったらしい。「では、将来、この村に
教会でも立てる予定があって、下見調査のようなものなの?」と聞くと、
その予定はないらしい。「じゃあ、何しに行ったの?」と聞くと、子供達と
触れ合い、貧困に喘ぐ彼らの生活をアメリカに伝えることが目的なのだそうだ。
たしかに写真の中にはボロを着た子供達とゲームをして遊ぶ姿があった。
もちろん、全ての旅費は友人の教会仲間からのカンパで捻出したそうだ。

説明を聞いているうちに唖然としてしまった。しかし、おそらく最も驚いていた
のは、モン族の村人達だったのじゃないだろうか。「一体この人達は何しに来たの
だろう?客人なからにはもったいないけど鶏の一匹でも殺してもてなさねば」という
心境だったのではないだろか。ひょっとすると受け入れてくれた村人達にはお礼が
支払われていたのかもしれない。友人の説明を聞きながら、自分も昔ネパールを
旅行したときのことを思い出した。道ばたを歩いていると5歳くらいの子供達3人が
自分の手をつないで無邪気に英語で語りかけてきた。日が暮れるまで一緒に手を
つないで楽しく歩いていた。すると、「もう日が暮れて家に帰るからお金ちょうだい」と
言われ、面食らったことがある。モン族の人達はあの子供達と同じ状況だったのだろうか。

友人曰く、同じグループにはアメリカ南部から来た白人の女性がいたらしい。
トレッキングのときは毎食米ばかり食わされ、食べ慣れていないのでとうとうぶち切れた
そうだ。「もう1生分の米を食べたわ」と言ったあと、彼女は一切食事を取らなくなって
しまったそうだ。友人は彼女の非礼な態度には我慢ならなかったらしい。

おそらく、この2週間の宣教プログラムというのは、行く前も行った後も「モン族の
村人達は貧困に喘ぎ、神の救いが必要な迷える子羊でした」という前提と結論を
再生産するような装置だったのだろう。ポストモダン的な脱領域化とは物理的移動と
精神的変化が必ずしも一致するものではない。
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by fumiwakamatsu | 2007-03-15 00:26 | 文化人類学

Post Modern Christian: Love Your Enemy (except post modernists)

去年、1年間、とある事情でプロテスタント系の教会に行っていた。
行きたくて行っていたのではないが、とりあえず行っていた。もちろん
教義自体は最後まで何の関心も持てなかった。しかし、今から考えると、
これまで全く関わったことのない世界を垣間見れたのは良かったと思う。

その教会はハーバードとMITの丁度真ん中にある小規模な教会だった。
当時の神父さんが韓国系アメリカ人だったせいか、信者の方々はアジア系が
大半を占める。地理的な場所が示すように、その多くが高い教育を受け、
エネルギーに満ちた若者だった。毎週のように、信者の方々が行う慈善事業や、
宣教活動が神父の説教が始まる前に紹介されていた。

さて、知り合いも増えてくるうちに、1つのネガティブな言葉が良く出て来るのに
気付いた。それは「ポストモダニスト」。たとえアメリカでも普段の会話ではそう出て
来る単語ではない。やはり教養の高い信者さんが多いせいか、そんな単語が容易に
出て来るのだろう。個人的には一体誰がポストモダニストなのか定義出来たものでは
ないが(定義するという行為自体がポストモダンではないと思うが)、どうやら信者の
方々からすれば普遍性、真理、原理、そして、おそらくそれらの言葉に象徴される
神の存在を否定する人々のようだ。「無神論者」ではなく「ポストモダニスト」という
言葉を多用していたのが興味深かった。

ある友人に誘われて見習いの若い神父さんの家で夕食に招かれたことがあった。
白人の彼は、ある大学の神学部の博士課程に所属し、大学と教会を又にかけ、
さらには2児の父でもあった。お互い院生ということもあり、話が少し学問的になる。
そこで彼は最近の神学部でのトレンドに対して溜め息混じりにこう語る。

「どうやら周りは皆ポストモダニストのようで、些細な物事の研究ばかりしている。
大きなスケールで物事を考えて、自分の研究がどう社会に役立つか考えようと
しない。そういや人類学でもギアツなんかはポストモダニストじゃないの?」

ギアツがポストモダニストなんて初めて聞いたけど、どうやら彼の知識では上の
定義に当てはまる人類学者のようだった。その後も、別に学問の文脈だけでなく、
何度か否定的に「ポストモダニスト」という言葉が出て来た。

宴もたけなわになって来た頃、一緒に来ていた友人が「今の教会の信者の人達に
とって必要なことは何ですか?」という質問を彼に投げかけた。当時はその教会が
少し危機を迎えていたので聞いた質問なのだが、彼の答えは「僕は皆にただ単純に
お互いを愛するようになって欲しい」と答えていた。普遍的な隣人愛を態度で示す
ようにという意味合いなのだろう。その答えを聞いたときに「もし教会の中に
ポストモダニストがいれば、その人を愛することができますか?」という質問を投げかけ
ようかと思ったが、客人として場の雰囲気を壊すのも嫌なので止めておいた。

「普遍的な」言明から内在した矛盾が起るというのがポストモダン的現象の1つで
あるとすれば、彼は非常にポストモダン的だと関心したのを覚えている。
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by fumiwakamatsu | 2007-03-14 00:36 | 文化人類学

Post-ecological commodity fetishism

捏造された映像を用い、後に放送を中止されたコスモ石油のCMがあった。

そのCMはパプアニューギニアでの森林火災の映像で始まる。そして、それは焼き畑農業によって起っているというナレーションが入る。その後に当社が社会事業として行っている米の栽培方法を紹介する。最後には苗を抱え、微笑む青年の姿が映し出される。

無知なため焼き畑農業で生計を立てていた現地人が、我々の稲作事業で環境破壊からも飢えからも逃れることができる、というメッセージである。

このCMを見た時点で明らかに2つの点でおかしいと思った。

1つは焼き畑農業では、おそらく山火事に繋がるような大規模な火災は起らない。昔、人類学入門の授業で見た焼き畑農業の映像では、まず周りに飛び火しないように耕地となる土地の木は伐採される。そして奈良の山焼きのように、雑草だけとなった土地をプスプスと焼くだけである。地面の下に堆積された枯れ葉が半化石燃料となったものに引火して火が大きくなるならわかるが、そんな場所にはまず最初に畑を耕そうともしないだろう。

2つ目に、稲作を習っている人々はパプアニューギニアの高地に住む人々とは全く関連がないはずである。常識で考えればわかるが、稲作などできそうにもない急な斜面の山々で、わざわざ開墾して田んぼを作るなどあり得ない話である。おそらく稲作事業を受けている人々は低地の平らな土地に住む人々であって、焼き畑農業など最初から営んでいなかったはずである。

結局、どこかのNGO団体が1つめの虚偽性を指摘し、コスモ石油も捏造を認めたそうだ。焼き畑による火事とされたものは南米のどこかで起った山火事の映像だった。なぜ自らの社会事業をアピールするために「森林破壊を起こす無知な現地人」を作り出さなければいけなかったのだろうか。

まず考えられるのは、環境破壊の元凶として批判の的になる石油会社が、自らのネガティブなイメージを払拭するために、恰も啓蒙的な立場で環境の悪化を防いでいるというポジティブなイメージを作り上げたかったという点だ。その啓蒙的な筋書きを作るためには、「無知な現地人」を演じる役者が不可欠だった。そこで稲作事業とは全く関連のない焼き畑農業者に架空の罪を被せ、コスモ石油自体は正義のヒーローと成り得た。

しかし、それより重要なのは、このCMが消費者である日本人になぜ受け入れられるか、という点を考えるべきだと思う。

80年代以降、大機企業による第三国での環境破壊が取り上げられるようになったが、間接的であれ、消費という形でその連鎖に取り組まれている人々は幾ばくか罪の意識を負っている。しかし、企業が「環境に優しい」社会事業に取り組んでいるならば、その企業の商品を消費すると罪を逃れることができる気分を味わえる、いわば贖罪効果があるのだろう。環境保全を謳うことによって、企業は自らの対外イメージと商品価値を高めることができ、消費者は贖罪気分を味わえ、一石二鳥な「商品の物神崇拝」が起っていると思える。

と、まあ、こてこてマルキスト的に解釈してみました。なぜこんなことを考えるようになったかと言うと、こないだ100円ショップで買って来たシャンプーに「環境に優しいナチュラルシャンプー」などと銘打ってあったのです。

「エコ」「ナチュラル」「持続可能性」などと、最近環境に優しいイメージを想起する言葉が溢れていますが、それらが商品にくっつけられているとき、一体それはただの言葉だけなのかどうか、と疑ってみるのも悪くはないと思います。
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by fumiwakamatsu | 2007-03-13 02:03 | 文化人類学