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笑っちゃいけないけど笑える

アメリカにあって日本にないのは、シュールな笑いを取れるドキュメンタリー映画です。「華氏
911」なぞはまだ序の口であって、日本には輸入されていないものがわんさかあります。これは
笑いのツボが異なるから仕方ないですが、一度ツボを理解し出すとはまってしまうジャンルです。

そして、どうやらこの映画(http://www.borat.tv/#)が今アメリカで流行っているそうです。
カザフスタンのリポーターがアメリカ文化を学びに行くという筋書きですが、笑ってはいけない
ような差別的発言が露骨に出てきて、それが逆に笑えてしまいます。来月にまた渡米するので
すが、この映画だけは見ておきたいです。

日本でも「探偵ナイトスクープ」や「さんまのカラクリTV」のような番組をもっと洗練させて笑い
の取れるドキュメンタリーを作って欲しいものです。いや、ひょっとして、あるのだけれども、自
分が知らないだけなのでしょうか?もし知っている方がおりましたら是非教えて下さい。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-08 23:25 | 雑記

極端から極端へのobject petit a

知り合い3人の例を紹介します。

京都に帰省したいたとき、5、6年ぶりにある小学校のときの友人と再会しました。
最後に会ったとき、彼は父親(両親は離婚してました)と喧嘩して家出し、彼女と同棲していました。
しかし、現在は神戸に住み別の彼女と同棲していました。彼は全く変わっていました。
詳しくは知らないのですが、何か金銭的なトラブルを起こして地元には住めなくなったそうです。
そのときある仏教学者の本を読み、今は親孝行をするために生きると決心していました。
その目的通り、美容師になった彼は今では父親に頼まれる度に京都に戻って散髪をしてあげ、
また、親戚の墓参りを欠かさないそうです。彼曰く、前世の業を返すには親孝行しかないそうです。

先日、ある友人の友人の方と飲みに行きました。彼は以前、某有名アパレル店で働いていました。
しかし、薄給にも関わらずビンテージものの古着を買い漁り、消費者金融で借金を重ねたそうです。
一番ひどいときには駅のホームから飛び降りて自殺を図ろうとしたこともあったそうです。その彼は、
ある女性と付き合い出し、アパレル店を辞めて借金返済のために普通にサラリーマンの営業を
始めました。そして今は別の夢があるそうです。それは、田舎の農地に住み、完全自給自足の生活を
始めたいそうです。自分が文化人類学をやっていると知ると、先住民達の「自然の叡智」について
色々質問してきました。

ある女の子の知り合いがいます。彼女は付き合っていた彼氏から暴言・暴力をふるわれても、何とか
しがみついて関係を続けようとしていまいした。最終的に彼女は彼氏に別れを告げられました。
彼女のブログを読むと、そこには独立して活躍する周りの女友達のことを述べ、さらに彼女自身も
今後、男にも負けず強い女性として生きて行く抱負が述べられていました。そして、その後には、
昔、彼女がキリスト教徒に改宗したとき、いかに神が彼女を暗闇から救ってくれたかも述べてました。

「親孝行」、「自給自足」、「独立心」。この3人の知り合いが今目標として掲げている価値概念は、
おそらく世間の道徳規範の中では「非の打ち所のない価値概念」として認められているものでしょう。
一般化を許してもらえるならば、(1)トラウマ的出来事の経験、(2)ある種の宗教的訓戒との出会い
(3)世間一般の「非の打ち所のない価値概念」を希求しながらアイデンティティーの確立、という
パターンが見いだせます。そして(3)の価値概念は(1)の出来事が起る前のものとは極端の位置にあります。

ただ、個人的な道徳判断を許してもらうと、これで問題が解決しているのか、という疑問が残ります。
誰しも醜い矛盾を抱えて生きています。その矛盾に板挟みになって苦痛を味わったことなど、おそらく、
誰しもが経験したことのあるはずです。問題は、その矛盾を冷徹に見据えずに、「非の打ち所のない価値概念」に
訴えて世間に恥じないアイデンティティーを得た所で、根本的な矛盾が解決されるのか、という点です。

こんなことを書いていると実存主義者になっているようで自分も嫌になりますね。程度の差はあれ、
誰もが同じことを繰り返しているのでしょう。ロシアの民芸品のように、1つの人形を開けると、もう
1つの人形が出てき、さらにその人形を開けるとまた別の人形が出て来るように、結局は、矛盾など
永遠に見えないままで、次から次へと出て来る人形に自己投影してしまうのでしょう。そして、その
人形は他者(=社会)によって作られているに過ぎないのです。いや、むしろ、「次の人形を見たい」
という欲望すらも社会によって作られているに過ぎないのでないでしょうか?
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by fumiwakamatsu | 2006-11-07 06:11 | 文化人類学

Love Held Captive (捕われの愛)

私の愛しい人よ、もう私は愛の翼を縛ってしまった
もはや愛は飛んで行くこともできずに
固く結ばれた私達の心から逃げることもできない
あなたの金色の巻き髪で結った柔らかく綺麗な結びで
私の愛しい人よ、もう私は愛の翼を縛ってしまった

最も愛しい人よ、愛は元から移り気が激しいので
私はその飛ぼうとする欲望を手慣づけてしまったのだ
あなたの目が定めた全ての法則に愛は従うだろう
私はとうとう愛を奴隷にしてしまったのだ
最も愛しい人よ!愛は元から移り気が激しいからだ

私の人よ、もう私は愛の翼を縛ってしまった
せめてもの慰みに、 燃え上がる 愛の唇に
逆らうあなたの唇を撫でさせてやってはくれないか
そして、この優しい囚人に、微笑んでやってくれないか
私の人よ、もう私は愛の翼を縛ってしまった


気が変になったわけではないですよ!シャンソンを歌っている親戚の叔母さんから歌詞を訳す
ように頼まれ、そのうち最もこっ恥ずかしいものを選んでみました。男性から女性に向けて発せ
られた歌なのか逆なのか、いまいちよくわからず、四苦八苦しております。しかも、詩なんて
訳したこともないので、語彙力不足が露呈されてますな。それなのに、こっ恥ずかしいさにくす
ぐられながら、以外にも楽しんでいる自分がいました。

しかし、ふと思うのですが、世の男性達(別に女性でもいいけど)は昇華されない恋心を詩にし
てしたためている人って結構いるのでしょうか?先日、意外にも身近な友人がそうしていたこと
を知り、ひょっとすると書いていない自分の方が例外なのかと思いました。

どうでしょう、ここらで暴露してみては?
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by fumiwakamatsu | 2006-11-06 02:33 | 雑記

副業としての人類学、貝貨幣、そして誕生日

昨日は一橋大学で開かれていた共同研究会にてリチャード・ワーブナーの講演があったので聞きに行って参りました。

部外者にも関わらず、その後共同研究室で開かれたレセプションにもお呼ばれし、たらふくビールを頂きました。そこで、とある人類学の教授お2人とお話をさせて頂いたのですが、2人とも「人類学は副業でやっている」と豪語されてたのが印象深かったです。1人は飼い馬を持っていらっしゃるほど競馬好きの方で、「競馬の人類学」という本も出版し、さらには競馬のテレビ中継で解説もされてたらしいです。もう1人の方は教授職に就くまでアフリカの民族音楽の評論家として活躍されていたそうです。そして、その方が自家製で作られたマサイ族の蜂蜜酒も頂き、気持ちよく酔わせて頂きました。

その後、またもや部外者にも関わらず、ワーブナー氏と共に居酒屋での食事会にも参加させて頂きました。さらに図太く、以前からブログを読ませて頂いていた院生のFさんともう1人の院生の方と一緒に共同研究室に戻って飲み始めました。パプアニューギニアで貝貨幣について調査されたFさんと「意外性のある研究をするにはどうすればよいか?」という点を中心に話をしておりました。個人的にFさんの研究をとても尊敬しています。交換価値というのは物とサービスを交換する媒介物との等式があるからこそ成り立つものですが、ではその等式が成り立たないときはどう考えればよいか。Fさんの研究は当たり前だと思っていた貨幣による交換の根底的な考えを覆すところまで深く分析されています。彼の研究と比べて、自分の研究にどうやって意外性を持たせれば良いのか、話ながら考えさせられました。

そして、12時が過ぎたところで「じつは今日が誕生日なんですよ」と言うと、Fさんともう一人の方にハッピーバスデーを歌って頂きました。夜中の研究室に響する2人の重低音。尊敬するFさんに歌って頂いたせいか、神聖な雰囲気を味わえました。その後、パプアニューギニアでのお話を色々聞かせて頂いているうちに朝の4時でお開きとなりました。ここでも厚かましく始発まで研究室のソファーで眠らさせて頂くことになり、至れり尽くせりでした。まったく部外者のくせに温かくもてなして頂き、関係者の方々に感謝しております。

しかし、「30歳までには博士号を取る」と常に見栄を張って言っているのですが、後3年しか残っておりません。うーん、短い、、、
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by fumiwakamatsu | 2006-11-04 20:53 | 雑記

ハーフの甥っ子

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ケンジ君です。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-02 22:58 | 雑記

文化を否定しながら文化を定義する

一昨年、バイロン・グッド先生のTheories of Subjectivitiesという授業を取っていたとき、
彼が昔シカゴ大で取っていたクリフォード・ギアツの授業の話をしておりました。毎週の課題は
10冊以上。しかも、その中には人類学者が書いた民族誌はほとんどなく哲学、心理学、文学
の非常に難解な文献ばかり課題にしていたそうです。もちろんギアツ自身も生徒が読み切れ
ないことは承知していたのですが、それでも課さずにはいられない熱意があったそうです。
授業で議論することができなかった分は、補習として皆で週末にギアツの家に集まり、夜遅く
まで延々と議論していたそうです。千尋の谷に落として這い上がって来た生徒は情熱を持って
手厚く教訓を授ける、そんなシカゴ大のスタイルをギアツが踏襲していたからこそ、彼の弟子
の多くが今も第一線で活躍しているのでしょう。グッド先生は、当時、同じ時期にシカゴ大に
いたデービッド・シュナイダーのこととなると、「That son of a bitch,,」と昔のトラウマが蘇り、
顔を赤くして腸を煮えくり返しながら語っていましたが(シュナイダーは相当の変人だった
そうです)、ギアツのこととなるといつも優しいおじさんについて思い出すように語ってました。

「クリフ(ギアツのあだ名)は、いつも膨大な書物を読みながら文化を定義することに抵抗して
まして。そして、抵抗していった暁にどのような定義が出来るのか結論を探っていました。」

こうグッド先生は仰っていました。そして、その果てに「私たち人間は、自らが紡ぎ出した意味
の網の目に絡み取られた存在である」という周知の文化概念を提唱したわけです。長年の
フィールドワークの経験と膨大な文献を読み、否定しながらこそ出て来たこの文化概念。
同じくシカゴ大で教育を受けたケイトン先生が「ギアツのように幾つもの場所でフィールド
ワークをしていた人類学者ならわかるが、私の年代で、オセアニアのわけもわからん小さな
島でフィールドワークをしていただけなのに、年を食ったからって文化やら倫理やら道徳など
を語りだす輩が多くてかなわん」と語っていたのも納得です。

昨年、彼の弟子達がまとめた「Clifford Geertz by his Colleagues」という本が出版され
ました。おそらくその最後の章が彼が出版した最後の論文だと思うのですが、何と言うか、
「赤子の手をひねる仙人」のような達観した存在で書いていました。彼独特の文法の限界に
挑戦するような書き方は健在で、しかも、所々声を出して笑ってしまうユーモアたっぷりの
論文でした。「私が書いてきたものの中には『文化システムとしての宗教』、
『文化システムとしての政治』、『文化システムとしての経済』等がありましたが、いっそのこと
『文化システムとしての私の人生』という本も書いてやろうかと思いましたよ」というくだりや、
同じインドネシアでフィールドワークをした弟子に対して「よくそんなことをしてくれたな。私が
嘘を書いてたってばれたらどうしてくれるんだ!」というコメントなど読みながら図書館で
笑っていたのを覚えています。上のグッド先生も1章寄稿していて、同じようにギアツの家で
議論をしていた話を述べていたのですが、そのことに関しては「残念ながらそんなことが
あったとは何も覚えとらんのだよ」と書いて終わってました。まるで合気道の師範のようです。

先日、自分の指導教官の築地に関する民族誌が翻訳されることになり、その校正を手伝って
いたのですが、ギアツの論文を引用した一語で、どうしてもいい訳が見つからず困ったことが
ありました。指導教官からその語の意味を説明されるも、自分の貧弱な語彙力では到底訳す
ことができず、結局、ギアツの著書を多く翻訳されている大阪大学の小泉教授に翻訳を頼む
こととなりました。そこで提示されたのが正に適訳で、ギアツの言い得て妙な隠喩的表現の
奥深さを知り、また、彼の難解な文章を訳してこられた小泉教授に感動しました。

今となって唯一悔やまれるのは、大学院1年のときにMITで開かれたシンポジウムでギアツが
来ていたにも関わらず、授業をさぼってまでして行かなかったことです。それに出ていた
ルームメイトの話によると、彼はどう批判されてもニコニコしているだけで何も話さず、会が
終わった後には、頼んで来た院生の女の子達と一緒に写真を撮っていただけだそうです。
例え人類学理論の必修の授業でもさぼって出て行くべきだったと悔やんでおります。

何か長々と取り留め無くなってしまいましたが、会ってはいないもののギアツに関する個人的
なエピソードを羅列してみました。一昨日ギアツが亡くなり、頭に思い浮かんだことを次から
次へと書いていくとこうなりました。奇しくも彼の葬式が自分の誕生日と同じ日に行われる
そうです。指導教官が明日より日本に来る予定だったのですが、おそらく葬式に出るために
予定をキャンセルしたかもしれません。正確には覚えていませんが、彼の「反=反相対主義」
という論文で出て来た1つのフレーズを個人的にずっと座右の銘にしたいと思います。

「人類学者は常にお茶の間のテーブルクロスをひっくり返してきたし、今後もひっくり返すでしょう。」
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by fumiwakamatsu | 2006-11-02 00:57 | 文化人類学