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ちょっと外遊

日曜日はリンクにもある芦田の写真が展示されている「写真新世紀」を見に恵比寿まで行って
きました。展示されていたほとんどの作品が合成写真で、ここまで行くと写真というよりグラ
フィックアートの域なのではないかと思うのですが、斬新さという意味ではとても面白い作品
ばかりでした。

その中でとりわけ気に入ったのが顔の右半分と左半分を別々に組み合わせて全く同じ人物の
肖像を2つ並列している作品でした。右だけの顔と左だけの顔といのは、似ているようでかな
り雰囲気が異なり「人間は誰もが2つの顔を持っている」と作者が説明していたのが説得力あ
りました。

芦田氏の写真も数ミリの自画像を組み合わせて自己の影を撮るという奇抜な発想で良かった
です。ただ作品の説明が堅い。とても理路整然と抽象的なことを説明しておりましたが、ポラ
ンニーとか引用しても一般人は読むの苦労しますぜ。横にあった作品の説明などは「写真を
見てぷっと笑って頂ければ幸いです」くらいしか書いてなかったのですが、まあこれも彼の真
面目な性格を反映しているのでしょう。

そして、今日はアメリカに亡命したチェチェン人医師の「現在のチェチェン」という講演を青山
まで聞きに行きました。何故かと言いますと、この医師はボストンに住んでいたとき近所にあっ
た柔道場に通っておられ、そこに同じく通っていた日本人の友人Rが誘ってきたわけでありま
す。医者になる前はサンボと柔道のソ連代表選手だったという強者だそうです。

この講演で新しく知ったのは第二次世界大戦中に「チェチェン人はドイツの肩を持っている」と
スターリンが批判した結果、1944年、カザフスタンやシベリアに民族強制移動が行われたとい
うことでした。チェチェン人は帝政ロシア時代でも300年にも渡り独立戦争を続け、最終的には
併合されたものの、ロシア人からすると永遠の「憎き敵」だったのでしょう。この民族強制移動
は医師が語るところ「ドイツのユダヤ人強制収容」と同じようなものであり、100万人いたチェ
チェン人は半減してしまったそうです。当時の両親の話を語る彼は途中で泣き出し、さらには
通訳の方まで泣き出すという始末でした。

この医師は二期に渡るチェチェン戦争の最中、チェチェンに残り、医療品が不足しているにも
関わらず敵味方の区別を付けずに治療していたそうです。最も忙しい時期には48時間ぶっ続
けで手術をしたとか。昔は整形外科医として身体を美しくすることに生き甲斐を感じていたの
に、生命を守るためと言っても、足や手を切断して「障害者」を作り出すことにやるせなさを感じ
てたそうです。一緒に来ていたRは「柔道しているときはただのセクハラ親父なのに、新たな一
面を知れて良かったわ」とコメントしておりました。

この講演を聞きながら「もし人類学者として自分が戦地にいれば何ができるか?」と漠然と考
えておりました。例え目の前に瀕死の人がいるとしても、トラウマ的経験をインタビューして、
その話を分析して、一般人にはわからないような専門用語を使って表象して、学界という閉じ
られた世界で生きる術を培うだけしかできないのでしょう。さらには、インタビューすることでそ
の人を再トラウマ化する可能性すらあります。特にうちの大学ではまさにこのような元戦地で
フィールドワークをされる方が多く、たまに、やれ社会正義の実現だとか、倫理がどーのこー
の、と議論される方がおります。もし本当にそういうことを目標としているのならば医師や弁護
士になればいいじゃないか、とよく思うことがあります。

あ、なんか最後またひがみっぽくなったな。

というわけで、たまの息抜きにこういうイベントに出かけるのも良かったです。
息抜きしかしていないという見方もできますが。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-29 01:42 | 雑記

ようやく委員会集結

先日載せたユダヤ系ドイツ人の農学者の論文を書いた教授からメールが来てました。
「君が提出したクジラの論文が面白かったので私の組織しているワークショップで発表して
もらえるかしら?まだ研究中だから無理にとは言わないけど来年でもいいからお願いします。」
おっふぉー、嬉しいお言葉。でも東京にいるからケンブリッジまでさすがに帰れないので、
丁重にお断りした上、ついでだから論文の審査員になって下さいとお願い致しました。
そして、快諾の返事を受け取りました。いやはや、これでようやく審査員が3人揃いましたな。

じつはこの先生、鰊を研究したノルウェーの学者についても論文を書いておられるのです。
ドイツ語で書かれた論文なので、授業中に口上で説明してくれたのですが、その論文が
個人的にはかなりいけていたのです。しかも面白いことに、その鰊の学者はクジラに関する
一大パラダイムを築いた学者でもあり、自分の研究にも非常に重要な位置を占めております。
もしノルウェー語がわかるのならば、できればノルウェーまで行って文献調査をしたいところ
なのですが(本当はイギリスにも行って文献を漁りたい)、さすがに無理なので二次的文献に
頼らざるを得ません。数カ国語理解できる歴史家というのはそれだけでかなりアドバンテージ
があると思います。こんなことになるならもっと早くにノルウェー語も勉強しときゃ良かったな。

近頃は某水産大学の図書館にてマニアックな資料ばかり目を通しております。なんというか、
ようやく複数の資料をつなぎ合わせて1つの事象が多角的に見えるようになってきました。
詳しくは書けないのですが、上に述べた通りノルウェー、イギリス、日本の接点の部分に
焦点をあて1920年代の資料を読み漁っておるのです。水産学に関して素人な自分にも
大体専門用語の意味がわかるようになってきました。マニアックな資料を見ながら
アニアッックな笑いに浸る喜び。むふふ、うふふ。

先日、高校時代の友達が遊びに来たのですが、「お前にはオタクのオーラが出てるわ」と
言われました。さらに「今後一生セックスできひんから、覚悟しとけよ」とも言われました。

むふふ、うふふ。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-28 00:30 | 文化人類学

ここまでネイティブか?

先日、「Doing Fieldwork in Japan」という指導教官が編纂した、日本でフィールドワークをし
たアメリカの社会科学者の体験談をまとめた本を読んでました。とりわけ、自分の研究にも
関わる公的機関・官僚組織の中で働きながら調査した学者のものを集中的に読んでおりまし
た。どの学者も一様に、調査を開始するためのコネ作りと時間の浪費に苦心されていたのが
共通しており、読みながら自分も慰められました(いや、むしろ自分を慰めるために読んでいた
というほうが正しいです)。

さて、その中で日本とアメリカの検事のオフィスで働きながら比較調査をしていた法社会学者
のエッセーがありました。読んでいるうちに、「はて、似たような話をどこかで聞いたことあるよう
な?」という疑問が湧いて来ました。そして思い出したのが、数年前に、弁護士をしている父親
と居酒屋で飲んでいたときに聞いた話でした。

「アメリカの学者には、わざわざ検事のオフィスで働いて調査する人もいるんだから、あの現場
主義はすごいよな。日本の法学者は机上の空論ばかりして何も現実を反映しとらん。お前も
学者になるのだったらああいう学者になりなさい、」と言っておったのです。

そこで、早速、父親に電話して名前を確認してみると、やはり同じ学者でした。検事の取り調
べ方法を批判した本を何冊か書いている父親は「ああ、あの人ならわしのところにもインタ
ビューしに来たぞ。彼の本はもう日本語版で出ていて、わしのインタビューの内容も載ってた
わ。気さくで面白い人だったぞ。お前もああいう学者になりなさい」と電話で話しておりました。
たしかに、体験談の中では追加調査で弁護士ともインタビューをしたと書かれてました。

自分の父親をインタビューしたアメリカ人の学者の体験談を参考にして日本で調査をしようと
する息子。厳密には父親とのインタビューは付属的なものですが、それでも複雑な心境になり
ました。昨今、自分の生まれ育った国で調査を行う「ネイティブな人類学者」の視座というもの
が議論されております。しかし、ここまで「ネイティブ」という関係が錯綜している例も珍しいものです。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-26 07:40 | 文化人類学

頭がとろい

ここ数日、2人の方の論文にコメントを書く作業に没頭してました。1人はこれから投稿する
英語論文の見直しを頼まれ、もう1人はすでに掲載が決まっている日本語の論文に関してでした。

しかし、日本に戻って来てから精密に抽象的な思考をする能力が低下しており、えらく時間が
かかってしまいました。先日もある学会に出席したのですが、途中から話について行けず疲れ
切ってしまいました。フィールドワークをしていて具体的なことばかりに頭を使っているから、と
言い訳したいところです。しかし、そのフィールドワークも上手くいってないので、そんな言い
訳できません。

去年、TAをしていた頃は1週間に30程のレポートにコメントを書いていたはずなのに、なぜも
こう非効率的になってしまったのでしょう。まあ、学部生の書くレポートとは違い、はるかに完成
度も難易度も高い論文なので、当たり前と言えば当たり前です。でも、もう少しこの腐った脳
みそを叩き直す必要がありそうです。

誰かよいメンタルトレーニングの方法を知っていらしたら教えて下さい。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-25 03:12 | 雑記

酔っぱらいの戯れ言

今日は大学時代の親友Dと彼のお父さん、彼女と一緒に飲んできました。Dは日系ブラジル
人。大学では同じ寮に住み、同じ学部に通い辛苦を供にした友人です。しかし、そんな身近な
存在であるDだからこそ彼にまつわる人々とは意外なところで共通点があることが判明しました。

Dの父方のお祖父さんは、今自分の研究に最も興味のある会社の社長をしていました。その
会社で働いていた社員の人達とインタビューする機会が多く、Dのお祖父さんの話をふると親
近感を持って話をしてもらえます。

Dがアメリカの大学に留学していた頃、同じ大学にいた前の彼女と一度会ったことがあるそうで
す。しかも前の彼女はDのことをかなり気にいってたらしく、Dの住んでいた寮の部屋にDを見
学しに行っていたらしいです。

Dの彼女は香港に在住していたのですが、そのとき前の前の彼女と同じ小学校に通い、しか
も同じマンションに住んでいてよく一緒に遊んでいたそうです。香港在住の話を聞いて、前の
前の彼女の名前を告げると「え、その子からよくマンガ借りて読んでたよ!」との返事が来ました。

何なんでしょう、この広いようで狭い世間は。思うに多国間に広がって人間関係を築いて行け
ば行くほど、ようは似た社会的ステータスを持った者同士で繋がっていくものなのです。恋愛
関係など特にそうです。恋愛こそ個人の自由意志の表れだと勘違いしてるかもしれません
が、多種多様な人々と会えば会うほど、共通項のある人じゃないと付きあっていけないものな
んでしょう。情報、モノ、人、金がボーダレスに動くというグローバル社会等と言われてます
が、そんな時代だからこそ身近な関係を辿って行くと広がりの中に閉ざされたディープな世界
を発見できるわけですな。

だからこそ人類学者はこんな時代にkinshipを研究する意義があるわけなんですよ。

あー、しかし最後に飲んだハブ酒のせいでかなり酔っぱらってます。Dの彼女可愛かったなー。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-19 00:48 | 文化人類学

ミイラがミイラ取りになる

前からこの諺の意味について考えていたのですが、ようはミイラの発掘調査をしていた考古
学者が、あまりにも熱中し過ぎてピラミッドかどこかの現場で生き埋めになり自らもミイラになっ
てしまった、という具合なのでしょうか?いささかグロい話ですが、良い教訓だと思います。

で、何が言いたいかと申しますと自分も同じ境遇に陥ってしまったわけで。先日、ある会社に月
刊誌の編集者の方と一緒に取材しに行きました。そして、今日、下関から帰ってくると、その編
集者の方から来月号に載せるためにも取材を原稿にして欲しいと頼まれてしまったわけです。
いつもお世話になっている方なので断るわけにもいかず、匿名を前提で引き受けることにしま
した。自分の研究としては、その会社がどうメディアに表象されるか、という点を調べているは
ずなのに、いつのまにか自分が表象する側へとなっていました。まあ今回に限り仕方のない話です。

今行っている研究は非常にセンシティブな問題を含んでいるので、こういう場合は特に気をつ
けなければならないのですが、かと言って傍観者として入って行くには限度があります。石橋
を叩いて歩く毎日ですよ、ほんと。

ところで、下関小旅行はとても充実しました。往復とも深夜バスを使ったため、合計30時間に
も渡る長旅でしたが、研究的にはそれなりに成果ありでした。「ふぐ刺しぶっかけ丼」というテッ
サがわんこ盛りになった丼(しかもたったの1000円!)も食らってきました。ただ漁港に荒吹く風
に当たりっぱなしだったので、風邪は悪化しましたが、、、。

またいつか山口をのんびり旅行したいものです。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-16 23:05 | 雑記

やはり年上ですよ

先日、ボストンで最も仲の良かった日本人、Rと食事をして来ました。会うのは半年ぶり。
彼女は大学院を辞めてしまったので今は吉祥寺の実家にて翻訳の仕事をしております。
風邪で死にかけていると自称しておりましたが、ボトルで頼んだ焼酎を空け、さらには
その後アイリッシュパブへと梯子する勢いでありました。相変わらずパワフルな奴です。

どうやらRはボストンから帰国する直前に彼氏ができたようです。お相手は10歳年上で、
うちの大学病院で研究員として働く日本人の精神医。帰国するまでにプエルトリコや
パナマ、さらには東海岸にある様々なリゾート地へと旅行に出かけたそうです。しかも、
食事はいつもボストン市内の高級レストランで、何をするにも彼氏が出してくれるそう
です。「付き合い出してから、たぶん100万くらい使ってくれたんじゃないかな」と述べて
おりました。また来月には渡米するらしいのですが、それも彼氏もちなのだとか。羨ましい。

大学院に来てから気付いたのですが、長続きをしているカップルは男女の年の差が平均
よりもかなり開いている場合が多いです。よく女性の院生と結婚してしまう男性の教授の
話を聞きますが、これも理解できます。まず、第一に、経済的安定性。院生同士だと、高価な
食事なぞまず手がでないし、お互いにカツカツの生活を強いられてしまいます。すでに職を
得ている相手ならばいくらでも頼れます。そして次に精神的安定性。大学院という場所では
どうしても闘争心むき出しの自己主張をするよう訓練されてしまいます。これが同じ歳で、
同じ程度の知識しかない相手同士だと、どうしても正面からぶつかって喧嘩になります。年上
の男性ならば常に笑顔で相手の意見を柔らかく受け入れる物腰が出来上がっているので
しょう。さらに、うちの大学院にいる女性数人から聞いたのですが、「学歴が高過ぎて相手が
卑下してしまう」という特殊な事情もあるそうです。これは年齢と関係ないかもしれませんが。

言い訳がましいことを書いてしまいましたが、自らの経験に照らし合わしても、やはり大学院の
女性には年上の男性のほうが安定した関係を築けるように思います。たまに、あまりにも年が
離れ過ぎていて逆に結婚に踏み出せない、とか、相手がバツイチなので不安だ、という話も
聞きますが、極端でなければ大丈夫でしょう。自分の知りうるところでは、教授・院生の
カップルで20年の年の差があっても、仲睦まじく暮らおられる夫婦もいるわけですから。

ところで2日前から熱っぽいのですが、風邪がうつったんでしょうかね。明日から下関に
4日滞在する予定なのに、ちょっと心配です。せっかくだからフグでも食べておきたい気分です
が、風邪と金欠病の合併症でどうにもなりません。その代わりに潮でも眺めてきます。

なんか最近ひがみっぽい性格になったなぁ。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-12 20:33 | 雑記

レゲエ好きにお勧め

この夏、数年ぶりに恵比寿の報道写真展へと行ってきました。紛争、難民、天才、飢餓など確
かに一枚一枚の写真はインパクトのあるものですが、テーマがありきたりでさほど面白くはな
かったです。

しかし、その中で1つだけ興味がそそられるものがありました。それは4つの写真を組み合わ
せたものなのですが、一枚目にシエラレオーネのダイヤモンド鉱山にて泥の中で働く黒人の
子供達の写真があり、最後の4枚目にイギリスの社交界で、ダイヤモンドを鏤めた白人の貴婦
人達の姿が写っていました。そして、パーティールームの円卓には黒人女性が裸で横たわり、
その上にもダイヤモンドが鏤められ、あたかも芸術作品かのように飾られてたわけです。

「こういう白人のおばはん達に限ってChild Laborに反対する運動とかしてるんやろうね」と、一
緒に来ていた友人に言うと、「たしかに、こういう写真を見せられるとダイヤモンドを買えなくな
るわね」と言っていました。

ではダイヤモンドという高価な商品だけが問題なのでしょうか?もっと身近にある安い商品の
場合はどうなのでしょうか?

1000円で3枚入りのヘインズのTシャツを買うには、誰かが1週間3000円程度の給料で働い
てそれを生産しなければなりません。しかも、ヘインズの工場は「特別自由地区」と言って、発
展途上国の領内にある治外法権の特別区に作られ、輸出する際に関税がかからないシステ
ムになっています。特別自由地区の横には、大抵、軍か警察の施設が敷設されており、もしス
トライキが起った際には一瞬に鎮圧できるようになってます。それでもなお労働者が拒否すれ
ば、全員解雇し、別の国から住み込みで働ける従順な労働者を入れればよいだけなので
す。

こんな話が実際にあるんだろうか?と、疑問に思われた方は、「ジャマイカ楽園の真実(http://
www.uplink.co.jp/jamaica/)というドキュメンタリー映画を見てみて下さい。2年前にある大
学院で取っていた授業の中で見た映画なのですが、どれだけシステマティックに貧困が作ら
れているかよくわかる映画です。

北米や日本からの観光客は、美しい砂浜のリゾート地へと行けるわけですが、それは空港から
出るリムジンバスである一本道を通って行きます。沿道には外資系企業が建てた飲食店が立
ち並び、同じく外資系資本で建てられたリゾート地で「楽園」を味わえるわけです。その沿道の
果てに広がるスラムは見ずに済むようになってます。

ジャマイカが45億ドルもの負債を国際金融機関に負い、貧困から逃れられないのは何故か?
それは、融資の目的を全て農業に使うという制約がかけられ、教育や道路などの公共事業に
あてがうこともできず、農地だけを開拓するよう強いられたからです。結局、自国で作る食物
は、大量生産で安く作られたアメリカから輸入される食物に対抗することもできず、農民達は職
にあぶれ、都市へと移転し、スラムを形成していきます。そして、上で述べた工場で酷使され
る羽目になります。初代ジャマイカ大統領のインタビューが映画に挟まれているのですが、ジャ
マイカが独立した1962年に世界銀行と契約を交わしてしまったことを「最大の失敗」と悔やん
でおります。

この映画を見ていてもう1つ面白かったのが、人種のヒエラルキーが露骨に出ている点です。
まず官僚や上の大統領などは白人で占められ、次にバナナ農園の所有者などは(おそらく植
民地時代にインドから連れてこられた)インド人が多いです。そして、スラムや農場で働く者は
黒人ばかりです。国外だけではなく国内でもヒエラルキーが再生産されているのが興味深い
です。おそらく他のトリニダッドなどのカリブ国でも一緒なのでしょう。

たしかに暗い基調のドキュメンタリーですが、所々に挟まれるジギー・マーリーの歌がそれを緩
和してくれています(彼は子供達の中でもお父さんのボブと一番声質が似ていると思いま
す)。この映画を作った監督はさぞかしマルクス主義の洗礼を受けた活動家と思ってたのです
けれども、大学時代は環境科学を専攻していたという女性の方だそうです。ジャマイカに3年
住んでいた経験がこの映画に結びついたとか。何はともあれ、とても勉強になる映画です。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-11 23:02 | 文化人類学

救われた

「フミ、お前はどういう人類学者として将来やっていきたいんだ?教えるとしたらどんなことを
どこで教えたいんだ?」 大学院3年目にしてかくもストレートな質問を今日指導教官にされま
した。来日中の彼に時間を割いてもらい、現在のフィールドワークの悩みを打ち明け、何を
どうやって表象したらよいのかわからない、と話していたときにこの質問が出ました。一瞬、
どう答えてよいのやらわからなかったですが、自分の特化したい分野とその将来性を述べ、
また、例えマーケットは小さくても何とかアメリカで教壇に就きたい意志を伝えました。すると、

「それならば、今のトピックに何としてもしがみつきなさい。フィールドワークを始めて最初の
1ヶ月は誰でも苦悶するものさ。僕なんかどこでフィールドワークするかも決まってなかった
のだから」と述べられました。その後、彼も最初はどういうアプローチをしてよいかわからずに
引きこもっていたこと、インフォーマントと接触するのを怖がっていたことを話してくれました。

彼の著書の中では「成功例」しか出て来ないのに、素直に裏話を打ち明けてくれて、とても
救われた気分になりました。そして、基本的には「もっと足を動かせ」というアドバイスと、
「遅くとも論文計画表は12月までに発表しろ」との命令を受けました。これまで日本にいた
時間を無駄にし過ぎて恥じる思いと新たな闘志が入り交じった複雑な心境に陥りました。

正直なところ、うちの指導教官はそれほど面倒見のいい人ではありません。自由放任主義
です。というのも、学科長としての雑務に追われ、学術雑誌の論文審査員も兼ね、生徒数の
多い授業を持ち、その上、本を書きながら次のリサーチまでしているという多忙さの故で
あります。それが理解できてなかった一時期は自分が指導教官に嫌われていると思い込んで
いたこともありました。一度、同じ指導教官の元で学ぶ先輩にその話をしてみたところ、
「フミ、それは間違ってるわ。彼は最も大切なもの、つまり、自由を与えてくれてるのよ」
と諭されました。たしかにうちの学部の教授の中には「こういうトピックをしたければ私の所に
来なさい」と予め生徒のトピックを決めてしまう方や、関心のあるトピックでなければ愛想
をつかすような方もおられます。しかし、指導教官に関してはそのでかい体格と同じで
常に大らかな態度で生徒の考えに耳を傾けてくれます。そして、理論的な部分は生徒に
考えさせた上で、フィールドワークに関することなら非常に具体的なアドバイスをしてくれます。

将来のルールモデルとして身近に指導教官のような方がいるのが恵まれているように
思えます。あの体格だけは真似したくないですが、その他の部分は全てを真似したいです。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-10 23:29 | 文化人類学

美食研究

指導教官が再度来日し、明日は某水産会社の社長と供に食事をしてきます。
前回も一度食事したことがあったのですが、そのときは赤坂プリンスにある最高級の
和食レストランで昼食を頂きました。昼間にも関わらず社長さんと供にガバガバビールを
飲んでおりました。まったくこちらが情報を頂いているだけなのに、至れり尽くせりで
申し訳ないです。まあ、その代価として、会社の新商品に指導教官が写真付きで
宣伝文句を載せているわけですが、それにしても頂いているものの方が大きいです。

土曜日はまた別の会社の試食会に出かけてきます。これまたおいしいものに巡り合え
そうで楽しみです。食について研究すると逆に色んな食べ物をご馳走になれる、という
プラスαがあるのでこれから人類学をする人には食の研究をお勧め致します。

就職口があるかは知らないですが。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-09 20:50 | 雑記