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虎虎虎

行って参りました阪神vs広島戦!結果は6対0の圧勝!

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昨日の夜、突然小学校の友人にチケットが4枚余っているという知らせが来たので、
小学校の野球チームの友人2人+その友人の職場の後輩の人と見に行って参りました。

ずっと巨人ファンだっただけに阪神戦を見に行ったのは今回が初めてです。甲子園のライトスタンドは
熱気が全然違いました。昔の阪神ファンは酔っぱらいのおっさんのイメージしかなかったですが、
今は若い娘の黄色い声援に満ちていました。そして私設応援団の統率の良さには感動しました。
次にどうゆう声援を送るべきか、ちゃんとサインを観衆に送り見事に率いていました。
イェール大学の人類学部の教授が阪神ファンを研究しているのも納得です。

初回に兄貴がツーランを打った時点で試合が決まったようなもんでした。ワンアウト満塁になった
危機もありましたが、全然負ける気がしませんでした。

圧巻は7回に桧山が打席に立ったときです。

広島先発の佐々岡が嫌遠すると、これぞ阪神ファンという野次ばかり飛んでいました。
「嫌遠なんかするから根性も試合も負けとるんじゃ~!!」「お前キン○マついとんのか~ボケ~!!」
など言いたい放題でした。結局、満塁策が失敗に終わり、この回一挙に4点を取りました。昔の四番が
今や代打として使われるほどですから阪神が強くなったのも納得です。佐々岡がベンチに下がる
ときには「蛍の光」を皆で歌い、別れを惜しんでいました。

結局、そのまま6点で逃げ切り終了。このまま中日戦も連勝で終わって欲しいものです。

締めの六甲颪を歌っているとき、小学校の野球チームの監督を思い出しました。このおっさんは
酔っぱらうと必ず六甲颪を歌ってました。一度、練習の時に首に怪我をして絆創膏をしていたことがあり、
その原因を聞くと、いつものように阪神が勝って酔っぱらうと、なんと飼い犬の耳を囓り、逆にその犬に首を
噛み返されたそうです。「もうちょっとで頸動脈切られるとこやったぞ」と黄たんの目を輝かせて言ってました。

試合終了後、球場を出る今デイリースポーツで阪神を担当をしている中学の友人と会いました。
彼自身はずっとサッカーをやっていたはずなのですが、入社すると野球担当になったそうです。
しかも、なんと桧山から電話でお呼びがかかり、これから一緒に焼肉を食いに行くところだったのです。羨ましい、、、。

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帰りの電車で上の写真を昨日誘ったのに来れなかった友人達に送りつけました。
「嫌がらせに7回の裏のハンカチ王子の写真を送ります」と書いて送ったら、佐々岡以上に厳しい野次が返ってきました。
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by fumiwakamatsu | 2006-09-29 00:58 | 雑記

ドライブな週末


金曜日、普通免許の試験に合格しました。

そして乗りたくて仕方のない気持ちを察してくれた母親と兄が週末返上してドライブの同伴をしてくれました。

まず土曜日。福井県は小浜の海岸まで。

正午から2時間ほど山間を貫く鯖街道(昔若狭から京都へと鯖を運ぶのに使われた街道)をひたすら左右に揺られながら走りました。
どうも左折するときに左側に寄る癖があり、助手席に乗ってた母親は終始絶叫してました。

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しかし、秋晴れのさわやかな小浜の海岸に着いた後は3人でまったり。
兄は埠頭の先で釣りをし、母親と自分は持ってきたリクライニングシートに寝転びながら世間話をしておりました。

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帰りに鯖街道の出発地点がある商店街へ。そこにある老舗の食堂で焼き鯖定食を食べ、
京都へ帰る途中にもバッテラをお土産に買い、まさに鯖で締めた一日でした。

そして本日、朝に父親を丸太町の仕事場に送り届けたあと、昼から比叡山へ。
京都にお住まいの方ならご理解頂けるかと思いますが、免許を取って二日目の人間に山中越えの道を走らせるのは無謀に等しいものです。
道幅が狭い上に急カーブの連続。「男ならちゃんと走ってみなさい」と最初は発破をかけていた母親が
「あんたに殺されるくらいなら私が運転するわ」と見かねて途中で交代させられました。

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比叡山のドライブウェーに入ってから交代。京都市内、琵琶湖が見渡せる絶景スポットに止まりながら金木犀で薫る空気に酔いしれておりました。
さすが京都で人気のドライブスポット(本当か?)なだけとてもロマンチックになれる場所です。沿道にラブホテルが多いのも納得です。

まだ走り足りないのでそのまま湖西道路を走り、滋賀県の志賀まで行ってきました。

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夕日に映える琵琶湖を眺めながら兄と一緒に水面に小石を投げ、何回はねるか競い合ってました。

そこで湖岸にたたずむ母親が言いました。

「あんた、京都にいたらこんなに綺麗なところにいくらでも行けるのに、なんで東京とかアメリカに住みたいと思うの?京都のほうがずっと住みやすいでしょ?」

確かにそうかもな、と思いながら小石を投げ続けてました。来週また東京に戻るのが少し悲しくなりました。

2日間走り続けたおかげで運転の経験値がだいぶ上がったように思えます。
左のミラーを電柱に当てたのが1回、左端のどぶに突っ込みそうになったことが数回。
もう短い母親の余生をさらに縮めてしまったかもしれませんが、この週末だけでかなり自信がつきました。

もし3回死ねる覚悟がある方は是非ドライブへ行きましょう。
母親が畑に行くときに使っている軽のバンでお迎えに参ります。

プジョーのオープンカーとか乗ってみてぇ、、、。
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by fumiwakamatsu | 2006-09-25 00:37

フランス旅行記 言葉のフェティシズムについて

外国語で言うとたとえ意味するものが大したものでなくても格好いいことがあります。

頻繁に外来語を使っているにも関わらず、つい異国の響きに酔いしれてしまいます。英語に関しての言葉のフェティシズムはなくなりましたが、未だ遠い存在であるフランス語やドイツ語には一種の憧憬を感じてしまいます。「共同体!」なんと言わずに「ゲマインシャフト!」などと言うほうが格好いいじゃないですか。

フランスのホテルでエレベーターに乗ったときでした。行きたい階のボタンを押し、ふと下の方を見ると知っている単語が1つありました。

「Parole」

ん?パロール?かのフランスの言語学者ソシュールが提唱した「言語内の規制によって実現される言語行為」という概念のパロール?と一瞬焦りました。

が、よく考えてみれば非常時に使うただの「通話ボタン」でした。

また帰りのエアーフランスに乗っていたときでした。座席後部に付いているモニターがフランス語だったので四苦八苦していると、また知っている単語がありました。

「Langue」

ん、ラング?これまたソシュールが提唱した、パロールの対となる「伝達を可能とする社会約束としての言語体系」という概念でのラング?

と、遠回りしたものの良く考えれば「言語を選択して下さい」という一文の中でただの言語を表しているだけの話でした。

人類学の中ではこれらの概念があたかも20世紀の大発明かのように捉えられ、うちの大学の教授達もこれらの語を発するときはもったいぶったようにフランス語で発音してみせようとします。このようにフランス語の単語がフェティッシュ化されると、意味は対したものではないのに、つい興奮してしまいます。

逆に考えると我々がさも大げさに使っている外来語の学問的概念は、当地の人々にとってはただの日常語でしか過ぎず、何も特別扱いはしていないわけす。外来語に頼りながら研究している自分にとっては、一体、日常語で学問ができるという状態がどんなものなのかわからないのですが、その感覚を体験してみたいものです。


追記:
中国である建物のドアのノブの部分に「拉」という単語が着いていました。てっきりラーメン屋かと思ってましたが、それは日本のドアに着いている「引」と同じ意味でした。引いてのばした麺だからこそ拉麺、なわけです。
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by fumiwakamatsu | 2006-09-21 00:28 | 雑記

ふと思い出しました。

去年、ボストンにいた頃、貧困者のための食事提供のボランティアをしてました。

そこで、いつも仲良く話をしていたKという白人のおっさんがいました。

「おい、フミ、ちょっと面白いジョークがあるんだ」と言って、スープの給食をしている自分に話かけて来ました。

「ブッシュとローラ(大統領夫人)がセックスするとき、なんでローラがいつも上になっているか知ってるか?」

と、言ってきたので、どう答えたらよいかわからずたじろいでいると、「こういうときは知らないって言うんだよ」

そして、「なら教えてやろう」、と勝手に話を進めだしました。

「Because he always fucks up!!」

「なぁ、いいジョークだろう?」、と言いながら過ぎ去っていく彼のしてやったりな笑顔を何故かふと思い出しました。
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by fumiwakamatsu | 2006-09-15 00:21 | 雑記

同窓会

昨日の夕方、四条河原町の交差点を歩いているときでした。

目の前に痩せて禿げたおっさんが白いブラウザーを着て歩いておりました。
それだけならいいのですが、視点を下にずらすと白いミニスカートとハイヒールを
はいてました。周りの人は、誰もが「突っ込みたいけど突っ込めない」ジレンマの
視線を投げかけていました。

これを見たときから今日は何か不吉なことが起こるに違いないと思ったのです。

その足で、高校の同窓会へ行って参りました。皆とは7,8年ぶりに会ったのですが、
高校のときと全く変わらない打ち解けた楽しみに酔っていました。

そして、二次会のカラオケに行ったときです。受話器を持って皆のドリンクをオーダーしていたら、
隣に座ってた女の子がメニューを指さし、「私も巨峰サワー頼んで」と言ってきました。
そして、すかさず、

「すいません、あと巨乳サワー1つ下さい。」

と、ものすごく素でオーダーしてしまいました。受話器の向こう側の店員も
「はい、かしこまりましたー!」とはりきって返事してきました。

一同大爆笑していたのですが、笑いが引いた後には「お前はいつまでたってもむっつりやな」
というメッセージが篭もった視線が投げかけられてました。

昨日は楽しい一日でした。
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by fumiwakamatsu | 2006-09-10 22:39 | 雑記

中国旅行日記 中国便所事情、または恥ずかしさの創造について:その②

で、上海、北京で駆け込んだ公衆便所はいかんと申しますと、、、。

これが以外にも非常にきれいでした。

たしかに観光地付近の公衆便所しか使ってませんが、ちゃんと個室の和式トイレが設置されていました。また上海ではスラム地区のような場所も訪れたのですが、たとえその中にある集合住宅はみすぼらしくとも公衆便所だけは綺麗に改築されておりました。公衆便所の汚さを批判され、恥ずかしく思った中国政府が、北京オリンピックの前に改善命令でも出したのでしょうか?

いや、むしろその改築ぶりは度を超えてました。万里の長城や天壇などの公衆便所に入ると、入口と便所の間になんとソファとクーラーが完備された「客間」のような空間がありました。観光客のおじさん達が漂う臭いも気にせずにソファーに腰を落ち着けながら談笑している姿が印象的でした(そんな客間を作るならせめてトイレの外に作ればと思うのですが、、、)。便器もさすがに紙は付いてないものの、なんの汚物もなく綺麗なもんでした。

しかし、です。

個室のドアを開けると、ふんばっているおじさんがいたことが2,3度ありました。天壇の便所ではち会わせたおじさんは、あまり恥じる様子でもなく「おい、兄ちゃん、入っとるがな~」という感じで注意してました。おじさんは良くてもこちらは「アイヤーッ!!」な状態なので、慌ててドアを閉め、次の個室を開けるとまた同じようにふんばってたので「アイヤーッ!!」になりました。私の腹も一刻を争う状態だったので、あまり驚かされると気が緩むので危機一髪でしたが。

たしかに鍵が壊れていたのかも知れません。しかし、ふんばってるところを見られてもあまり恥じたり驚いたりした様ではなかったので、おそらく見られてもどうでも良かったのではないかと憶測しております。もし昔はドアもなく一本の長~い便器で用を足していたのなら、何もドアを閉める必要が無かったのではないでしょうか?

だが、逆に考えると不思議なものです。

一体、人はいつから排泄という普遍的行為を「恥ずかしい」と思うようになったのでしょうか?老若男女を問わず人類皆この摂理に従わなければいけません。言うなれば、これほど誰にでも共通した行為もそれほどないのに、なぜ見られて恥ずかしい、と思うようになったのでしょう?食うものは地域で変われど、「出す」ことは誰も一緒なはずです。こう考えると昔の中国式の公衆便所も至極当たり前のことのように思えます。

じつはこのようなアホな問いは昔から考えていました。自分の仮説は、おそらく排泄行為を恥ずかしいと思うようになってから便所を個室化したわけではなく、西洋型の個室化された便所が一般に普及したことによって排泄行為に恥ずかしさを覚えるようになったのではないか、ということです。恥ずかしさの感情が個室のトイレを作り出したのではなく、個室のトイレこそが恥ずかしいという感情を作ったのだ、と。

このような単一進化的な考えはもちろん間違っているのですが、ただ、ひょっとすると自分はとても貴重な瞬間を目にしたのではないか、と思えてくるのです。つまり、たとえ便所自体は個室化されても、まだ恥を覚えだしていない、その絶妙なトランジションの瞬間をです。こう考えると便所の嫌な光景と臭いも忘れすがすがしい気分にもなれたのでした。まるで、あの「客間」に腰を落ち着けていたおじさん達のように、、、。

もう次の世代では恥ずかしさを覚えてしまうのでしょうか?これはまだまだわかりません。歩いているときによく見かけたのですが、中国の幼児は股の部分が割かれてるズボンをはいている子が多かったです。そして、いつでもどこでもウンチがしたければその場でしゃがんでしてました。これは相方が言ってた話なのですが、一度、北京のマクドナルドでオーダーの列に並んでいたとき、前にいた股割ズボンをはいた子が「おしっこをしたい」と言ったので、そのお母さんが「じゃあそこの角でしてきなさい」と言って、店内でシーシーさせたそうです。まだまだトイレを個室化したところで無駄なのでしょうか?

もし20年後にでも中国を訪れる機会があれば、是非また公衆便所に入ってみたいと思います。
そして、そのとき個室のドアは開くのか閉まっているのか、、、、わくわくです。
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by fumiwakamatsu | 2006-09-06 00:40 | 雑記

ちょっと現状報告

仮免許が取れました。

技能は減点無し、学科は一問間違い。
来週の火曜に卒検なんですが、このまま余裕綽々で行けそうです。

免許が取れた暁には我が家の車で天橋立までドライブしようかと企んでおります。
愛犬のボクサーを浜辺に連れて行って散歩するのが夢だったのですが、残念ながら
昨年の冬に他界したので、代わりにおかんでも連れて行こうかと思っております。

顔は似てます。
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by fumiwakamatsu | 2006-09-05 00:19 | 雑記

中国旅行日記 中国便所事情、または恥ずかしさの創造について:その①

すでに1ヶ月が過ぎてしまいましたが、先月中国を旅行したときのことを振り返りたいと思います。今回は少し汚い話なんで、苦手な方はご遠慮下さい。

中学時代、妹尾河童の中国旅行記を読んだことをがありました。彼はたしか80年以前の解放政策前に上海、北京と旅行したと思うのですが、その中でも鮮明に覚えているのは河童氏が上海の公衆便所を使ったときの記述です。

まずそのうらぶれた便所に入ると強烈な悪臭が鼻につく。そして、大便をする場所には、一本の3メートルほどの便器が横たわり、それを4等分する板が立てられているだけ。各個室にはドアがなく、外から入ってくる人には丸見えであり、おまけに便器は長~い一本のものなので、先頭の人がバケツの水で流すしか洗浄できない、という仕組みなのです。つまり、一番後ろの人は、前にいる人の汚物が流れてくるのが見えるわけなのです。

この話を相方(中国在住経験有)に確認したところ、彼女が昔通っていた大学の公衆便所で同じようなものがあったとのことでした。幸い、その便所の個室にはドアがあったものの、長~い便器は使われていたそうです。「一番後ろの場所を取ったならば最悪よ、、、」と憂い目で語っていました。

そこで当然、今回の旅行の最重要項目は「衛生管理」となりました。急に腹痛が起こって公衆便所に走り込むことはないようにしよう、と。私、今までにも発展途上の国々を旅行したことがあるので、汚い便所でも免疫があると自負しています。メキシコでは何故か便器の便座の部分が盗まれるらしく、泣く泣く中腰になりながら用を足したこともございます。ネパールではトレッキングの最中に腹を下し、茂みの奥に隠れて山道を行くシェルパの人々の目にふれないよう務めました。しかし、いくらなんでも、人様に自然の摂理を見せるような真似はしたくはなかったのです。

が。

もう初日から直球ど真ん中のストレートでした。どうやら四川料理で使われる唐辛子の入った油に胃が過剰反応するらしく、ちょっとでも辛いものを食べたら一時間後にはトイレに駆け込む有様でした。そんなことにお構いなく相方は頻繁に四川料理を注文し、一度などは上記の油にゆでたザリガニがどっぷり浸かった料理まで出てきました(注文したときは「小ぶりのロブスターで美味しいよ」と言っていたので期待していたのですが、、、)。

その結果、もうティッシュを片時も離さずに公衆便所を探しながら歩くようになりました。もう相方の持っていたティッシュも使い切る勢いでした。

で、そこで駆け込んでいた公衆便所はどうかと言いますと、、、。

(後半に続く)
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by fumiwakamatsu | 2006-09-03 23:59 | 雑記