<   2006年 04月 ( 8 )   > この月の画像一覧

話しかけるように書くというのは素晴らしい


"The Two Arms of Cambay: Diasporic texts of ecumenical Islam in the
Indian Ocean."*

We each have a sense of the shapes of our regions, or of the individual
countries we specialize in. But is there a shape to the spaces between
regions and nations, the transregional or the transnational? The word
globalization will not do, because it is only twenty years old, and thus
not of much use for most of history. In my presentation, I will
try to sketch out for you one kind of transregional or transnational
shape. It stretches from Arabia through coastal India to the Malay
archipelago, and is something we might call ecumenical Islam. Like the
world church, ecumenical Islam is part of a world religion.

Which leads us to our second questiom: what is a world religion? Could
something like a world religion give shape to a transregional space?
What could one mean by such a thing? Is a world religion something which
is very widespread, across the world? Or is it something which lays
claims to the whole world, in the content of its ideas?

I have no theories which can answer these questions, nor definitions
which can sort things out in neat piles. What I do have, however, are
cultural materials produced by other people, people who have already
faced these questions. They are people who moved across the Indian Ocean
over the past half a millennium. As they moved, they wrote books which
dealt with these questions. Why did they move? And what did they write
in these books?

It is at this level, at the very tangible level of "MOBILE PERSONS" and
"MOBILE TEXTS," that I would like to try to see what a world religion
could mean, and whether there is a shape to the space between regions
and nations. These are the two main parts of what I'm going to present.
We will see if they give us any help in thinking about what -or how-- a
world religion might mean.

本日行われたH教授の講演の概要。
[PR]
by fumiwakamatsu | 2006-04-21 13:50 | 雑記

一般教養を教えること

今学期TFをしている授業は「東京」。ずばりその名の通り、日本について
何も知らないような学部生に東京について知ってもらおうという一般教養の
授業である。生徒の出身学部は生物、経済、音楽など多岐にわたるのだが、
ようは文系の生徒が1人もいない。中には漫画やJ-Popなどに元から興味が
あり、趣味の延長で履修している生徒もいるんだけれども、大半は取りたくない
けど選択必修なので仕方なく取っている生徒がほとんである。おまけに授業を
受け持っている担当教官の格付けが高いので、ただそれだけの理由で他の授業
を取るよりはまし、という感じの生徒が多い。

まあ皆気楽に構えているのでディスカッションではよく話しをするんだけども、
少し堅い話になると全く黙ってしまうのが痛い。例えば、3週間前にホステス
クラブについて書かれた民族誌を読ませると、かなり自主的に発言していた
のだけれども、今読んでいる築地の民族誌となるともう一方的にこちらが説明
して終わっている。読んだかどうか確認するような簡単な質問を投げかけても
返事がないので、途中で話題を変えてオタクの話をすると、皆一斉に話をする
始末だった。仕方がないと言えば仕方がないのだけれども、生徒の興味とこちらの
教える意義を一致させるのが難しい。何か高尚な話をするよりかは、彼らが知って
いるステレオタイプな日本のイメージを無くすようにできればいい、と思うしかない。

唯一の慰みは本当に日本が好きで仕方のない生徒が次から次へと自分の趣味
について熱く語ってくれることである。ある生徒とアニメの話を少しすると、次の週に
「フミ、是非これを見て」と言って、なんやらわからん秋葉系のアニメDVDを渡された。
「日本人ならば皆こういうアニメ見てると思われてるんだろうか?」と下げてしまった
目標すらも疑問視せざるを得ないんだが、苦笑いするしかない。
[PR]
by fumiwakamatsu | 2006-04-20 16:21 | 雑記

甘やかされ過ぎ

フィールドワークをする資金を学内の研究所から貰えた。
担当教官が審査委員にいるのだから、当然と言えば当然である。
しかし、このままでいんだろうか?他地域を研究している学部の友人達は
外部の奨学金を得るために躍起になっているのに、自分などは完成から
程遠い研究計画を申請して奨学金が下りる始末である。ここまで甘やか
されると、根が腐ってしまう気がする。学部の友人達に申し訳ない、、、。

「これまでの人生、誰かのすね齧りながら生きてきたな、、、」と大学院を
超えて半生を振り返ってしまい、ちょっと鬱になってしまった。

と、言ってもこの奨学金だけでは1年もいれないので他の奨学金に今後も
応募して行く予定。調査地が日本じゃなければこれだけで済むんだが。
[PR]
by fumiwakamatsu | 2006-04-19 06:56 | 文化人類学

韓流と言われましても、、、、

日本を離れている間に何やら「ヨン様」や「冬ソナ」などの言葉が出回るようになって
しまったので、未だに韓流というものの実態がよくわからない。ヨン様にせよ
写真を見ているだけだどと何がどうかっこいいのかわからないし、「冬の
ソナタ」の具体的内容を聞いても現実離れした話が展開しているようであまり
見たいと思わない。そして、おそらく保守的な日本人男性陣に人気があると
思われる「反韓流」という本が人気だそうだが、何をそこまでムキになって
いるのかもわからない。

と、こうわからない状況にあるにもかかわらず、今担当している授業の生徒の
一人が「冬のソナタがもたらした日本人の韓国観の変容」というタイトルで期末
論文を書きたいと相談しにきた。相談されても困るのだが、一応まともな返事を
しなければならないので、「今まで外国人男性が日本のメディアでどのように表象され、
そのようなメディアのイメージがいかに日本人女性にとって日本人男性像を批判する
道具となってきたか調べた上で、ヨン様のことを書いてみれば?」と答えておいた。
このような文献は少々あるので紹介できたのだが、しかし、では「実際に冬ソナは
日本人の韓国観をどれだけ変えたんですか?」と質問されてしまい、どうも答えよう
がなかった。どなたか冬ソナを見て韓国観が変わったという方がおりましたら、是非
感想を聞かせて下さい。ドラマ一つの影響がそれほど大きいのか自体疑問ですが。

ちなみにこの論文を書いている子は3年前にミス・コリアとしてミスユニバースに出場した
韓国からの留学生だ。彼女はソウルの医大からうちの大学に編入してきたらしい。
普段から全く化粧してないので昔の面影はほとんどないのだけれど、「せっかく
ミスユニバースに出れたんだからモデル業も続けないの?」と聞いてみたところ、
「勉強が忙しすぎてダイエットする時間がないですから」と真面目な返事が返ってきた。
[PR]
by fumiwakamatsu | 2006-04-15 16:39 | 雑記

ハネムーン

以前、ハネムーンに行きたい候補の場所を相方と話していた。

相方:「私はクレタ島に行きたい。」

自分:「うーん、でもクレタ島に行けば、フィールドワークしている
        H教授に会ってしまいそうで嫌かも」

相方:「じゃあ、トルコでもいい。」

自分:「トルコかあ、丁度Wがフィールドワークしてるから泊まらせて
        くれるかもよ。あ、でもあいつはクルド人地域だから危ないか。」

相方:「いや、別に友達に会いに行くわけじゃないでしょ。」

自分:「あ、そう?いや、せっかくやしさ。」

相方;「じゃあ、フミはどこに行きたいのよ?」

自分;「俺?うーん、あんま考えたことなかったな。」

相方:「今決めればいいでしょ?」

自分:「しいて言うとトロブリアンド島かな?」

相方:「、、、、、どこそれ?」

自分:「パプアニューギニアに決まってるやん。常識よ、常識。」

相方:「、、、、、行ってなにするの?」

自分:「妖術のかけ方とか知れるよ。」

相方:「知りたくない。」

自分:「そっか、俺は知りたいけどな、、、」

この後、ハネムーンとは何か、長々と説教されました。
[PR]
by fumiwakamatsu | 2006-04-11 10:35 | 雑記

退屈の人類学

去年の11月、アメリカ人類学会に行ったとき、最もよく聞いた言葉が「希望の人類学」だった。
これはコーネル大学で教えている宮崎さんという日本人の人類学者が提唱し出した言葉
なのだが、自分の出席したパネルのうち少なくとも5回はこの言葉を耳にした。まだこの人の
著作は読みかけなので何とも言えないのだけれども、閉塞感漂うこの学問分野にとってとても
響きのいい分析概念だと思う。「同じように何かいいキャッチフレーズないかね?」と学部の
友人達と話していたところ「退屈の人類学(Anthropology of Boredom)なんてどう?」という
話題になった。一体これはどの社会でも普遍的に見いだせる状態なのか?と話が盛り上がった。

退屈

1 することがなくて、時間をもてあますこと。また、そのさま。
2 飽き飽きして嫌けがさすこと。また、そのさま。
3 疲れて嫌になること。
4 困難にぶつかってしりごみすること

ヤフーで調べた意味は上の通り。面白いのは、退屈といのは「意義あるべき行為が
なくなったとき」、という対称性でしか捉えれないことだと思う。つまり、退屈だと感じるため
には、その前提として意義あることをしなければいけない、という道徳観がないといけない。

(と、ここまで考えてみたものの少し複雑になりそうなのでまた続きはいずれ書きます。)
[PR]
by fumiwakamatsu | 2006-04-10 13:04 | 文化人類学

考える場所

「、、、歴史を車のバックミラーを覗きながら描写してみよう。バックミラーは狭い範囲のものしか
映さず、車の揺れのせいでぶれてしまい、そこに映るものは運転をしているドライバーの目線
に合わされたものである。しかも、バックミラーにはついさっき過ぎ去った景色しか映し出さない。」

これは担当教官の書いた「築地」の中に出てくる一節。彼の提唱する「伝統主義」という概念、
つまり過去とは現在の実践を正当化させるためにしか呼び起こされず、現在の状況を位置
づける象徴的枠組みを創造するためのイデオロギー、という考えを車のバックミラーに喩えて
説明している部分である。直進する時間軸と直進する車を重ね合わせ、ドライバーの目線、
つまり現在を生きる人間の目線でしか、鏡に映る限られた遠景の過去を見ることはできない、
という意味だ。「鉄道旅行の歴史」の中で述べられていることを真似しているかもしれないが、
上手い比喩だと思う。

以前から思っていたのだが、本当に頭が動いているときは、本を読んだりパソコンに向かって
何かを書いているときではなく、料理や運転など何か単純作業をしながら頭だけ働いている
ようなときである。従って、人類学者がある抽象的な概念を説明するときに持ち出す例を見て
みるとその人の生活環境がたまに垣間見れるときがある。担当教官の場合だと毎日郊外から
車で30分かけて通勤しているので、そのときに思い浮かんだに違いない比喩が彼の本の中
に多くある。Marry Douglasの「Purity and Danger」も彼女が料理しているときに思いついた
ような例がたくさんある。こう考えると、頭だけ働く単純作業をする場所を作るのは、論文を
書くのに必要な気がする。博士論文を書く段階になれば犬を飼い始めようと計画している。
[PR]
by fumiwakamatsu | 2006-04-09 10:11 | 文化人類学

"...And We Thought That Nation-States Were A Bad Idea"


"publicly subsidized! privately profitable!" that's the anthem of the upper-tier (the puppeteer untouchable). we focus a moment, nod in approval and bury our head back in the bar-codes of these neo-colonials while our former nemesis (ah, the romance!): the nation-state, now plays fund-raiser for a new brand of power-concentrate. try again, but now we're confused- what is "class-war"? is this class war? yes, this is class war. and i'm just a kid- i can't believe that i gotta worry about this kind of shit! what a stupid world! yeah, this is just beautiful... absolutely no regard for principle. what a stupid world. (we're): 1) born 2) hired 3) disposed! where that job lands, everybody knows and you can tell by the smile on the ceo's that the environmental restraints are about to go. you can bet that laws will be set to ensure the benefit of unrestricted labor-laws (all kept in place by displaced government death squads). they own us. they produce us. they consume us. can you fucking believe this? what a stupid world. fuck this bullshit display of class-loyalties. the media and "our" leaders wrap it all up in a flag- their fucking shit-rag. hooray!

PROPAGANDHI 『Less Talk, More Rock』より歌詞抜粋
[PR]
by fumiwakamatsu | 2006-04-01 17:06 | 雑記