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肉ノ小路肉代

4日連続で七面鳥。

木曜のサンクスギビングは毎年恒例、担当教官宅にお招きしてもらう。
彼の焼く七面鳥はすざまじくジューシーである。何故かと言うと、七面鳥の上に
ベーコンをのせて味付けしているからである。肉をもって肉を制す、である。
当日は朝から何も食べてなく空腹極まっていたので3杯もおかわりしてしまった。
総勢18人という大ディナーだったが、皆さん会話が弾み楽しい一時だった。

金曜日は彼女がボストンに残っている友人達を集めパーティーを開く。
朝から2人して生まれて初めての七面鳥を焼く。味付けはシンプルに
リンゴとリンゴソース、そしてガーリックパウダーをかけたものにした。
「この七面鳥が生きてたときはまさかケツの穴からリンゴを突っ込まれるとは
思ってなかっただろうな」とぼやきながらケツの穴にしこたまリンゴを詰めていた。
美味くできるか心配だったが皆さんに好評で突っ込んだ甲斐があった。

土曜日は彼女の友達と一緒に休日後のセールを狙って買い物に出かける。
まずは腹ごしらえ、と言うことで彼女宅で昼食。もちろん前の日の残りの七面鳥を
レンジで暖めたものである。一晩寝かせて味が染みていたせいか前日より美味しかった。
夜は他大学にいる日本人の方々を集め我が家でおでんを食べる。夜の3時まで談話。

本日、朝10時に目を覚ます。「ブランチは何食べようか?」と彼女に言いながら冷蔵庫を
開けると、七面鳥とおでんが詰まったタッパー2つが並んでいた。お互いさすがに嫌気が
さしていたがそれでもレンジで暖めて食べる。「この4日間全然野菜食べてないね」と
つぶやきながらおでんと七面鳥を交互につまむ。彼女曰く、まだ残っている七面鳥の骨を
使ってスープを作るそうだ。もたれた胃に苦しみながらためていた仕事をこなして一日が過ぎた。

ちなみに「肉ノ小路肉代」とは昔新宿で一世を風靡したおかまさんの名前です。
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by fumiwakamatsu | 2005-11-28 12:24 | 雑記

真実の審判者達へ

どこで述べていたか忘れてしまったが、社会学者のブルデューがで以下のようなことを言っていた。
「社会学は人々を自由にする学問である。それは彼らがどれだけ抑圧されているかを伝えるからである。」
おそらく社会科学に関わる研究者ならば誰でも一度は同じ心境になったことがあるんじゃないだろうか?
そして誰もがジレンマに陥るはずである。たしかに「自分は自由だ」と信じている人間が抑圧に気付いていない
ならば、抑圧の構造を俯瞰的に見渡せるが学者が伝える義務を感じるのはわかる。しかし、抑圧の構造を伝えた
ところで本当に被抑圧者は省みて自由を再認識できるのだろうか?おそらく答えは「余計なお世話」である。

これは何も学者に限ったわけでなく「啓蒙主義」という立場に立つ者に共通している傾向だと思う。
例えばキリスト教徒が「人類は皆罪深い存在である。従って、キリストが贖罪したという真実を受けいれ
なければ地獄に落ちるだろう」と言ったとする。「なぜ今まで普通に生きていたのに勝手に地獄に落ちると
言われなければならないのか?」と反論したところで「それは神が定めた掟だから仕方が無い」と返されるだろう。
もしくは、西洋のフェミニストが非西洋社会の父権生を糾弾し、女性の解放を叫ぶとする。そこで
非西洋の女性が「なぜ私は慎ましい妻として幸せな人生を送っているのにそんなことを言われなければ
いけないのか?」と反論する。そこで待っている答えは「それは父権社会があるから仕方がない」という
答えである。マルクス主義の社会学者が労働者に対して語りかけても同じ論理に陥ってしまうだろう。
啓蒙主義者に共通しているのは、神であれ父権社会であれ資本主義であれ、とにかく個人では抗えない
”不幸”を生み出すシステムが偏在しているという”真実”を認識し、そこから解放されるにはまず虚偽意識
からの覚醒が絶対条件であるという思い込みである。啓蒙主義者達にとっては不幸とは無知なことになる。

果たしてそうなんだろうか?無知こそ幸せなんじゃないだろうか?むしろ不幸を伝えることこそが人々を
不幸にさせているんじゃないだろうか?こんなことを書いているのは何も真実の審判者として驕る啓蒙主義者を
批判するためではない。それよりも重要なのは「余計なお世話だ」という声をどれだけ対等に受け入れることが
できるのか、という問題である。幸せや自由へ到達するという目的論ほど嘘なものはないのだから。
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by fumiwakamatsu | 2005-11-21 17:30 | 文化人類学

5時間差

今まで付き合った人は皆年上だったんだが、今は初めて
同じ歳の人と付き合っている。しかも、どれくらい同じ歳かと言うと
5時間しか差がないのである。自分は、1979年11月4日の午後
5時28分に京都で生まれ、相方は1979年11月4日午前9時30分に
シカゴで産声を上げた。時差の13時間を引くと差はたったの5時間。
恐ろしいほど奇妙な巡り合わせだ。

というわけで、昨日は2人で誕生日を祝いにボストン美術館へ行ってきた。
有名なアメリカ人の写真家の特別展がやっていたのでまずそれを見る。
そして、美術館内にある洒落たレストランで食事をすることに。

1ヵ月前から「プレゼントはサプライズで」とお互い口約束をしていた。
私、プレゼントを選ぶ才能はゼロに近いので、かなりプレッシャーだった
のである。「先に欲しいものを言ってくれないと、とんでもないものあげる
から気をつけたほうがいいよ」と注意しておいたんだが、相方はそれでも
欲しいものを言ってくれなかった。「食べれるパンティーを以前にある店
で見つけたので、じゃあそれにしようかな」などと実際に脅していたのに。

先に相方からプレゼントを開けてくれたのだが、これが見事にサプライズだった。
なんと京都の実家近くで撮った写真数枚をフレームに入れてくれたのである。相方は
この夏京都に旅行したとき、勧めていた大原や実家のある岩倉を訪れていた。しかも
彼女は昔写真を習っていたのでとてもよく撮れていた。夕焼け時の宝ヶ池の写真を
見ると、凝縮された思い出が色々蘇ってきて思わず目頭が熱くなってしまった、、、。

「If you give me such a nice present, I can't open up mine! But
I found something really good. My present will make us stay in love forever,,,」

と断った上で、プレゼントを渡した。それは、「Stay in Love Forever--Instantly!」
というおまじない付きのリップクリームである。たった5ドルの品物。もうそれを見た瞬間
あからさまに嫌な顔で「ありがとう、大体予測できてたけどね、、」という返事が返ってきた。
おそらく彼女はちゃんと事前に欲しいものを言わなかったことをその瞬間後悔したはずだ。

そして、「嘘に決まってるでしょ」と言ってメインのネックレスをあげた。日本と違って、
あまり洒落たネックレスがボストンでは見つからなかったので気に入ってくれるか
不安だったが、大丈夫だったようだ。最初のプレゼントで落としておいたのが功を奏したな。

というわけで、昨日は楽しい一時だった。来年も一緒に祝いたいもんですな。
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by fumiwakamatsu | 2005-11-06 02:06 | 雑記

具体的抽象



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by fumiwakamatsu | 2005-11-01 14:13 | 雑記