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Burning Out

以前、35歳の大学院3年目の人と話をしていたときのこと。
彼は働いた後に地域研究の修士を取り、その後で博士課程にきた。
「大学から直接院に来る奴等は駄目だ。研究課題も定まってないくせに、
燃え尽きた、とか愚痴ってくる。一度社会に出て目標を持ってから院に来ないと
博士課程なんて乗り切れるわけがない。俺は歳取っているけどやる気は人一倍だ。」
自分が直接大学から来たことはふせていたので、彼はなんのためらいもなくそう言った。
こうやって若い院生を非難してしか自己弁護できないんだろうな、と思いながら聞き流していた。
別に大学から直接来ても自分は研究課題がはっきりしているし、燃え尽きてもいない、と自負していた。

が、最近少しその自信が揺らいでいる。「燃え尽きた」とつい漏らしてしまいそうで恐い。
勉強が嫌いになったわけではないのだが、ふんばりがきかなくなった。去年は睡眠5時間で
毎晩レポートを書いても乗り切っていたが、どうも今学期は集中力・根気が入っていない。
冬休みも春休みも皆無に等しかったので休息が足りてないから、とも言えるけど、週末の夜は
友達と映画見たり食事したりして(去年はそんな暇すらなかった)適度に休んでいる。
ただ漠然とした疲れが残って図書館に向かう足取りが重くて仕方ない。頭の回転も鈍い。

一度働くか修士を終えてから来たほうが良かったかも、と考えてしまう。
25歳というのは幸いうちの学部では若いほうで、大抵26,7歳で入ってくる。
すでにアフリカで難民救済のNGOで働いていた人や、大学の講師をしていて
35歳になってから一念発起して博士課程に来た人もいる。やはり経験を積んだだけ
あってか、年配の学生のほうが知識量が豊富で意見も明確だ。読書の効率も早い。
学部時代の指導教官が「働いてるうちに図書館の匂いに飢えて来たから大学院に行った」
と言っていたんだが、たしかにそれほどのハングリー精神がないといけないのかもしれない。

日本の大学院に行っているある友人は借金してまでも勉強しているのに、
ネガティブな気持ちを超越したストイックさがある。使命感に燃えている。
今以上に良い環境はそう滅多にないのだから、やはり自分に甘えてるんだろうか?
こうやって自分を外から眺めながら「根気だせ」とか言っている状態にむかついている。
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by fumiwakamatsu | 2005-04-07 13:05 | 雑記

ジェットコースター

b0017036_12412375.gifさっきベランダでコーヒーをすすりながら前の彼女のことを思い出していた。
2人でカラオケに行ったときのこと。ふざけて相手の携帯から適当に選んだ番号を打って選曲し、
サビまで歌えなかったらその番号に電話するという罰ゲームだった。今でも覚えてるのが、彼女が選んだ
「コモエスタ赤坂」という演歌だ。携帯番号の主が寮の恐い先輩だったので、これはなんとしても歌い切らねば
と必死になり「コーモエスタ♪コーモエスタ♪」と熱唱していた。2人とも意外とイントロを聞いただけで
歌い切ることができ、罰ゲームが無くてつまらなかった。結局、最後はA Whole New Worldをハモって
歌い終始円満だったな、と思い出に浸っていた。、、、、オチがなくてすいません。

こう書いてるうちに別の思い出が蘇ってきた。

よく彼女に「お姫様ダッコして」と頼まれた。
あれ、映画では軽々しく男が持ち上げてるけど、実際はかなりきつい。
その日の調子によって成功するときもあれば(もの凄く腕をプルプルさせながら)、
全くもって持ち上がらないときもあった。そして、失敗するたびに、

「ちゃんとダイエットしてからそういうこと頼んでよね。」

とか

「今日はこのへんで勘弁してやらぁ」

と言い訳して切れられていた。
ちなみに彼女はこっちが心配するくらい痩せていた。
そりゃ、ふられるわ。

、、、、オチが面白くなくてすいません。

(写真とタイトルは全く関係ないです。今日は疲れてます。)
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by fumiwakamatsu | 2005-04-05 12:43 | 雑記

京都の穴場 その4

b0017036_13212327.jpg今日は京都人の驕りを前面に出して日記を書きます。
小学校の頃、上野公園で花見の陣取りをするために寝泊りしているサラリーマンをテレビで見て、「なんで東京人はそこまでして桜見たいんやろうなぁ?桜なんてどこでもあるのにアホちゃうか?」と母親に言った。母親は「うちみたいに目の前に桜並木があるってわけじゃないのよ、東京は」と諭した。実家では台所から十分に桜並木が見れたので、この母親の言葉は本当に東京に行くまで理解できなかった。我が家でも毎年4月には花見をしていたのだが、「花見=特別な桜を見に行く」という定式が成り立っていた。そこで恒例の場所が左の枝垂桜がある丸山公園。祇園の八坂神社を突っ切ると、桜で満たされた公園が広がっている。その中心に齢100年以上の枝垂桜があり、毎年この時期にはライトアップされる。

お勧めはもちろん夕暮れどき。東側からこの桜を眺め、西山の稜線に太陽が沈みかける
ほんの数秒が息を飲む美しさになる。紫と橙の斜陽が桜のピンク色と交わる瞬間、
急に周りが静寂になり、時が止まる。見る者全てを圧巻しているからだろう。
毎年、この瞬間を味わってから我が家は近くの野原で茣蓙を引いて花見を始めた。

と、こんな風に書くと幼少の頃から感受性が豊かだったように聞こえるかもしれないが、
所詮ガキは「花より団子」。辛抱強く夕日が沈むまで待つ両親に「はよ飯食おうなぁ」と
駄々をこねたり、兄貴達と別の桜の木に登って遊んでいたりした。
上の記述は、ノスタルジーの美化作用(でも本当に綺麗ですよ)。

花見の時期だけ丸山公園には「見世物小屋」が立つ。日本で2件しか残ってないはずの
1つだ(もう1つは花園神社の酉祭に出るやる)。牛に人間の顔が描いてあるグロテスクな看板を
見るたびに、おっかなびっくりな気分で両親に入れてもらうよう頼んでいた。しかし、実際に父親が
中に連れて行こうとすると臆病になって逃げ出していた。あの見世物小屋は今もまだあるんだろうか?

18才で東京に出てから桜の時期に帰省したことが一度もない。大学の春休みはいつも
海外に貧乏旅行に出かけていた。むしろ京都でゆっくり花見をしておけば良かったなぁ、と今になって後悔している。

今年のボストンは例外的に春が早く訪れた。
京都はすでに桜が開き始めるほど暖かくなったのだろうか。
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by fumiwakamatsu | 2005-04-04 14:04 | 雑記

やっほい!

今日担当教官からメールが来て、去年までアジア研究の修士課程にいたSが人類学部の
博士課程に合格したそうだ。彼女は在日韓国人とイラン人のハーフで大阪育ち。超綺麗なのに
コテコテの関西弁を話すのがまた素敵。今は他大学の合格結果を待っている段階なのでまだ
確定してないんだが、是非ともうちを選んで欲しいもんだ。来学期にはKもフィールドから戻って
くるので、また皆でたこ焼きパーティーをしたい。

フェミニスト的には間違った意見かもしれないけど、人類学をやっている女性はかなり美人が多い、と思う。
かと言って他の学部と比較できるわけもないんだが、少なくとも日本・カナダ・アメリカで取ってきた人類学の
授業では美人な人が多かった。フィールドワークをするので、社交的かつ身のこなしをしっかりするからだろうか?
過去の人類学者を見ても、ルース・ベネディクトなんて若かった頃は女優になれたんじゃないか?ってくらいだ。
同性愛者だった相方のマルガレット・メッドが羨ましい、、、、。

人類学者同士で結婚して共著で本を書く人が多いのも納得だ(男がいけてるかどうかは知らないが)。
うちの学部もW教授は奥さんと一緒に中国の村でフィールドリサーチを行い、当時は男女の生活区分が厳密だったので、
W教授は男性社会、奥さんは女性社会を担当分担することでお互いに補足し合うことができたそうだ。
シカゴ大のコマロフ夫妻なんて一体どういう私生活を送ってるんだろう?24時間人類学の話しかしてないんだろうか?
ティモシー・ミッシェルとリラ・アボルガも旦那は歴史やって奥さんがフィードワークしてお互い埋めあってるんだろう。
いいなー、人類学夫婦って。近親相姦や魔術や植民地主義なんて話題をふっても相手に引かれないのが羨ましい。
いや、だからこそ一般人とは結婚できないっていうほうが正しいんだろうか、、、、?

なんか話題がそれてしまったが、とにかく楽しいです、人類学をやっていると。
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by fumiwakamatsu | 2005-04-03 14:11 | 雑記

箇条に雑記

・大学の先輩から結婚の知らせが来る。へぇへぇ、またですか。サークル内でこれで4人目。

・実家に電話すると父親がパーキンソン病になったと告げられる。何故か母親と大笑いしてしまった。

・三男がロスの次男のもとへ身を寄せて語学学校に通うらしい。只今兄弟5人中4人が在米。

・図書館の新書棚に「Porn Studies Reader」という本を発見。読んでみたかったけど周りに人がいて手がでず。無念。

・風邪悪化。ハクション大魔王に憑かれたかと思うくらいくしゃみが連続。図書館ではコダマするので恥かしい。

・晩飯は教育学部の日本人JとN君と近所の日本食屋へ。2人が付き合い出したと知りびっくり。
 渡米する前から知り合いだったJと話が弾んだせいかN君は終始ご機嫌斜めだった。誤解されてないといいが。

・2週間前にアマゾンで注文した本3冊がようやく届く。Sweetness and Power, Purity and Danger,
 The Cultural Politics of Food and Eating。届いてから3冊とも食関係だったことに気付く。

・戦後ドイツにおけるホロコーストの記憶とアイデンティティの錯綜について書かれたStranded Objectsという本を読む。
 ドイツ人はヒトラーの絶対的父権から解放されておらず、自らを犠牲者に祭り上げることでユダヤ人に与えた苦痛を未だ理解していない。
 理論が蜜で中々読み進めることができない。集中力が切れると必ずゲルマンとダブらせて考えてしまった。

・買ったばかりの電動歯ブラシを便器に落とす。ブラシの部分だけスペアを買っておいて正解だった。

・なんで春休みがもう終わりかけているのか!なんでもう金曜日なのか!怒りの発散場所がなく眠れず。
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by fumiwakamatsu | 2005-04-02 15:21 | 雑記

Arna's Children

風邪をひいてしまい勉強ができない。
今日は図書館に行くも頭が呆然として全く集中力がなかった。
-20度の寒さには耐えていたのになぜ暖かくなると風邪をひくんだろう。
宿題の山を残しながら、今夜は友達から借りてきた「Arna's Children」を見た。

Arnaはパレスティナ人と結婚したユダヤ人のおばあさん。
イスラエル軍の占領に対する反対活動でノーベル平和賞を受賞。
賞金を使って、俳優である彼女の息子と一緒にジニン難民キャンプで演劇学校を作る。
パレスティナの子供達に演劇を通じてイスラエルに対する怒りと憎しみを表現させようとする。
そしてその子供達が成長していく姿をArnaの息子が撮影していく。

劇団にいた4人の男の子のうち生き残ったのは1人だけ。
Arnaも95年にはガンで亡くなり、彼女が建てた学校も閉鎖された。
結局、子供達は武器を取ってイスラエル軍の占領に対抗するようになり、
自爆兵として志願したり、戦闘中にイスラエル兵に撃たれて死んでいく。
そして最後の1人が殉教した仲間を称えるポスターをキャンプの家の壁に貼っていく。

幼少の頃は無邪気だったのに何故子供達は武器を取るようになったのか?
などと言いたいところだが、このドキュメンタリーはそんな単純なロマン化を否定している。

例えば、Arnaの息子が男の子2人に向かって「イスラエル兵の真似をやってみろ」と命令して撮影する。
最初のうちはふざけて取調べの真似をするが、兵隊役の子の暴力が段々とエスカレートしていき、
完全に切れた興奮状態になってからようやく大人が止めに入る。

こう書くと幼少時のトラウマが引き金になって暴力に走ると思われるかもしれないが、そうでもない。
自爆兵を志願した青年は、イスラエル軍の爆撃を受けた小学校に救済に行き、病院まで担ぎこむ途中で
少女が息絶える、という経験をする。その日以来、彼は笑顔を見せることがなくなり親や親友にも内緒で自爆しに行く。
親に送る最後のメッセージとして撮影されたビデオには、息途絶えた少女の写真が背後に飾られていた。

生き残った青年の母親が殉教しようとしない息子を叱責するシーンがある。
「他の息子達は皆戦闘で死んだのに、何故お前はそんなに臆病なのか?地獄に落ちるぞ!」
そう叫ぶ彼女の顔はロケット弾を受けたときの火傷で黒くただれていた。
最後は小学校で子供達がカメラに向かい叫ぶシーンで終わる。
「神は偉大なり!自由か死か!神は偉大なり!自由か死か!」

What does it mean to live with what would otherwise be unbearable?
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by fumiwakamatsu | 2005-04-01 14:53 | 文化人類学