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ホステスさん

大学2年のとき、2ヶ月だけ銀座のクラブでバイトをした。
巨人の清原が入団したての高橋を連れて遊んでいたところで
フォーカスの記事にされたこともある並木通りのTというクラブ。
銀座でも五本の指に入る売れ行き。40卓以上ある店内は
いつも満員になるほど賑わっていた。そこで働くホステスさんも
下手な女優よりかは遥かに綺麗は人が何人もいた。
まさに浮世の極楽という言葉が当てはまるような場所だ。

その極楽の最下層で奴隷ウェイターとして働かされていた。
灰皿に2本吸殻があれば取替え、水割り用ペットボトルも半分になると
取替えなければいけない。客から注文されたものはどんなものでも取り寄せねば
ならず、「たこ焼き食いてえなぁ」とぼやかれれば全速力で3丁先にあるたこ焼き屋
まで買いに行かなければいけなかった。一番酷だったのがホステスさん用の生理用品
を買出しに行かされたこと。特大サイズを近所のマツキヨまで買いに行くと、
レジの前の長蛇の列で待たされ、周りにいるOLさん達に白い目で見られていた。
「俺が使うんじゃないんですからね!」と必死で顔で訴えるしかなかった、、、。

さて、40人ほどいるホステスさんはとても見事に分業していた。
頂点に立つのはやはり着物美人のママさんなんだが、全員が美人なわけでもなく、
切れのいいトークを売りにする人もいれば、母性の優しさに溢れる人もおり、
自慢のボディーが取り得の人もいれば、恥かしがりやで内気な性格を売りにしている人もいた。
それぞれの個性で顧客を掴み取り、他のホステスさんと役割が被らないようになっていた。
というのも、客がボトルをキープするときはお気に入りのホステスさんの名前を付けてキープし、
金額の半分が店に入り、残りがホステスさんの出来高になるというシステムだったのだ。
ちなみに一番高いワイン(銘柄は忘れた)は一本60万円。ドンペリは30万円だった。

Tの一番の売れっ子は20代後半のIさんだった。美人なわけでもないのだが、
とにかく身なりが派手で気の強い性格をしていた。同じ京都出身で、京訛の柔らかい言葉とは
裏腹に、勝気な態度を取るギャップがおっさん達の心をくすぐっていたのだと思う。どの客でも
下手に出させ、「構って頂戴よ、ねぇ」と必死にさせるコツを掴んでいたようだ。
もちろん同郷者の自分にも容赦はなく、注文を取りに行くときは何かしら文句を付けて
「このアホ!」と叱られていた。最初はむかついていたが、だんだんM的な快感になっていき、
おっさん達の気持ちもわからんでもないな、と納得していた。彼女の稼ぎは月600万くらいだったかな。

いつも地下のゴミ捨て場で着替えて帰るのだが、ある日、事件が起こった。
ゴミ捨て場のドアを開けるとママさんが数人のごつい男達に囲まれていて、
自分の姿を見るや否や「早く店長呼んで来て!!」と叫んできた。慌てて店内に戻り、
店長に事情を説明していると、着物が肌蹴たままでママが店内に走ってき、店長の
胸に飛び込んで泣きじゃくっていた。後日、話を聞いたところによると、どうやらママは
ある客と付き合い出して、それを妬んだヤクザの客がヤキを入れようとしたそうだ。
美人なだけに男に惚れることも許されない世界なんだと思うと、その厳しさに切なくなった。
ママは数週間店を休んだものの、戻ってきた日にはいつもと変わらず接客していた。

週2で働いていたんだが、2ヶ月経って店長に「毎日働きに来い」と命令され、断ると首にされた。
当時欲しかったノートパソコンを買える金も十分に溜まっていたので(時給は1500円)
むしろ首にされて嬉しかった。何はともあれ、普段の生活では決して見れないような美人と
出会えたし、豪勢な浮世の果敢無さを垣間見れただけでもいい勉強になった。
唯一の悪影響は、店の客に「これは悪い社会勉強だぞ」と勧められて初めてタバコを吸い、
その後止められなくなってしまったくらいだ。最後のはなむけに、「いつか自分の金でうちに遊びに
来れるくらい大きな大人になれよ」と店長からの優しい一言を頂いたが、金持ちになっても絶対
こんなとこ来るもんか、と堅く胸に誓った。まあ、そんな金持ちになれる可能性は更々無いのだが。
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by fumiwakamatsu | 2005-03-31 16:15 | 雑記

いたって平凡

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                                         のどかな日々 
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by fumiwakamatsu | 2005-03-31 14:29 | 雑記

人類学的鍋

b0017036_1631250.jpg今日は我が家で「日本人人類学者キムチ鍋の集い」をした。鍋を突付いてゆっくり日本語で人類学談義ができるなんて、全く至福な一時だった。話題は古典の民族誌の意義、フィールドワークの体験、フィールドノートの取り方等等、普段は英語でしか話せないことが日本語でできるのが嬉しかった。しかし、日本語になると自分のヴォキャブラリーの貧しさに気付いて情けなくなる(かと言って英語なら大丈夫というわけでもない)。もっと日本人の人類学者の知り合いを増やしたい、と切に思った。去年の夏に参加した日本文化人類学会では誰も知ってる人がいなくて寂しかったが、来年参加することがあれば勇気を出して色んな人に話しかけてみたいもんだ。
(この写真は全く関係がないのであしらからず)
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by fumiwakamatsu | 2005-03-27 17:02 | 雑記

春休み

今日から一週間春休み。
「ふーん、何それ?おいしいの?」って気分。
授業の復習とレポートと研究計画表作成に追われて終わりそうだ。
できることなら留学中の友人を訪ねてフロリダに行きたかったが、
行ったところで宿題を山ほど抱えて行くはめになるので断念した。
燦燦と照る太陽の下でジュディス・バトラーなんて読んでも楽しいはずがない。
我が家で鍋をしたり、同期の居残り組と映画を見て細々と我が身を慰めるくらいだ。

さて、昨日はかなり笑える映画を見た。

「Road Scholar」と言って、ユダヤ系ルーマニア人の詩人が車でアメリカを横断する
ドキュメンタリー風の映画。中西部の”真面目に”狂ったアメリカ人がたくさん出てくる。
元ヒッピー、振興宗教のリーダー、ガンマニア等等、中でも面白かったのがアリゾナ
にある老人施設で70過ぎのじいちゃん・ばあちゃんが作るパンクバンドのお話だった。
ヴォーカルのおばあちゃんが「旦那はもう使いものにならね~♪私も生理が止まったぜぇ~♪」
と歌うと、ギターのおじいちゃんが「勃て、勃て、勃ってくれーー!!」とシャウトする。

あと驚いたのがラスベガスのとある結婚式場のお話。ベガスって結婚に関する手続きが
最も簡単らしく、ブリトニー・スピアーズのように、したければ一晩で結婚して次の日に離婚できたりする。
そこで登場したのが「ドライブスルーウェディング」。マックのドライブスルーと同じで、マイクを通じて
車の中から新婚夫婦の名前を告げると、受け渡し口のところで神父が出てきて正式に結婚を承認してくれる。
上だけタキシード着た新郎と、ヴェールだけを着けた新婦が車の中でキスするシーンがなんともシュールだった。
ちなみにお値段は15ドル。今でもあるのか知らないけれども、適当に結婚式を済ませたい人にはお勧めだ。

こんな具合にアメリカンドリームが詰まった映画でかなり笑えた。
映画を見ているうちにRoute 66を通って車で大陸横断をしてみたい気になった。
赤いオープンカーのキャデラックに乗って、行く街の先々でこんな人達に会えたらさぞかし楽しいだろうに。

はぁ、でも目先にあるのは宿題のみ、、、。せめて誰かに車出してもらってこの温泉にでも行きたい。
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by fumiwakamatsu | 2005-03-26 16:31 | 雑記

Born Slippy

友人の日記にUnder WorldのBorn Slippyを聞いたときの感想が載っていた。
「もうこの曲を聴いて懐かしく感じるようになった」と書いてあったので、I-Tuneで
購入して聞いてみた。すると、まさしくその通り。過去の記憶がまざまざと蘇ってきた。

別にCDを持っていたわけでもなく、それほど聞いた回数も多くない。
それでもこの曲には記憶が凝縮されている。高校を卒業したときに「Trainspotting」
という映画を見て、そのときの主題歌で使われていたからだろう。京都の田舎者にとっては、
近未来的な映像だったので、上京する前に想像していた東京の生活のイメージと重なっていた。
あのときの不安や興奮が、イントロの切ないメロディーと一緒に記録されていたようだ。

過去の一時点では近未来だったのに、それがすでに懐かしくなるなんて不思議な感覚だ。
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by fumiwakamatsu | 2005-03-24 15:28 | 雑記

1分の限界

去年、映像人類学をやっている教授の講演を聞きに行った。
わざわざ実地調査をするのに生きた経験を書面に書くなんてもう古い、
せっかくビデオがあるのだから映像と音声を使って3Dにすればいいじゃないか、
という論調もあれば、結局はビデオを使ったところで映す枠組みは撮影者の主観に
左右されるのだから民族誌と何もかわらんじゃないか、という論調もある。
結論着かずにもめている分野がこの映像人類学だ。

そこで講演者はある実験を行った。ミネソタの山々を移住しながら生活する
羊飼いの家族にビデオを手渡し、動いているときは肩に小型カメラを
乗せ、止まっているときは三脚に乗せて自分達を映すように頼んで撮影されたものだ。

そこで1つ面白いシーンがあった。
2人の羊飼いの男性が焚き火を囲んで談笑するシーン。
1人が「今日の朝、この山の麓で狼がいたけどお前見たか?」と語りかける。
しかし、相手はなかなか返事しない。薪をくべたり痰を吐いたりしてモソモソしている。
そして、ようやく1分くらいたってから「ああ、見たよ」と返事をした。

このシーンを見たとき「こんちきしょー!!」と心の中で絶叫した。
この1分間の無意味な間こそ2人の生活のリズムを表していたからだ。
しかし、それをどう書面に描けばいいのだろう?「『~お前見たか?』と言った1分後に
『ああ見たよ』と返事した」なんて文字で書いて味気がない。かと言って、
『~お前、見たか?』の後に2、3ページ空白にして『ああ、見たよ』と書いたところで
何のことやらわけがわからん。しかも、もしこの空間に調査者がいたら
会話のリズムが崩れてしまう可能性もある。こればかりは映像でしか描きだせない
時間の空白だった。民族誌の限界を突きつけられた1分間。

このシーンの後、講演者の方を見たら「してやったり」という笑顔をしていた。
「おぬし、なかなかやりおるな」と心の中でつぶやいていた。
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by fumiwakamatsu | 2005-03-23 15:44 | 文化人類学

言語と経験

昨日は日本から来た人類学者夫妻のO先生とTさんと一緒にアフガン料理屋へ行って来た。
食に色気のないボストンだが、ここの香辛料の効いたラム肉料理は気に入ってもらえてなによりだった。
美味かったせいか食事が来たときは黙々と食べ続け、その後店が閉まる11時までひたすら人類学談義だった。

話の内容は様々だったんだが、その中で盛り上がったのが経験と言語に関する話だった。
うちのK教授が主体性-文化表象-社会経験のトポロジー(三角形的な結びつき)を提唱しているんだが、
O先生はその三項を別けて考えることが問題であり、言語(文化表象)を介在しない主体性や経験があるのか、という話になった。
そこで自分は言語を介在しない経験だってあるのではないか、ということを医療人類学の民族誌の例を使って反論してみた。
G教授がハーバードの医学部で行った調査で、医学生が知を体系的に学ぶ過程で医療の基準化が起こる反面、G教授が出会った
原因不明の病を持った少年が身体の内にある苦しみを言語化できないときの経験などは言語を介在しない経験の例じゃないのか、
ようは言語では表象しきれないトラウマ的な経験だってあるのではないか、と言ってみた。

しかし、O先生曰く、それは初期マルクスの言っている労働の疎外化と一緒で、労働者の使用価値が市場の交換価値より
常に貶められて決定されるように、言語と経験の場合は、ラカンの言う象徴秩序(自己を認識し始めた時点で、主体は
言語体系に組み込まれ、従って”主体の意味するもの(Signifier)は言語の意味するものとなる”という内容)
から主体の経験の価値が疎外されているだけであって、上の少年の例も、結局は身体内の苦しみを言語を使って語ることが
できるのだから言語の先行性は否定できていない、と主張されていた(おそらく)。ここで腑に落ちない顔をしながら反論できなかった。
そりゃたしかに疎外なんだけれども、それほど言語の先行性を強調していいものか、と考えていた。

今日、そのことを考えながら先週取ったラカンのノートを読み返してみたんだが、自分が思うにラカンも象徴秩序で収まりきれない部分を
強調している気がする。ラカンの鏡像自我は赤ちゃんが鏡を見て初めて「私」という自己を認識したとき、主体と客体の分離が起こることだ。
この時点で鏡に映る自己のイメージが「私」という言葉に繋がるように、主体が言語体系に組み込まれ象徴秩序が形成されていく。
しかし、ラカンはこの象徴秩序とリビドー的秩序が並存する形で主体が存在している点を強調している。
リビドー的秩序とは、鏡に写る自己と言語が統合されたときに過度の興奮とトラウマが起こり、それらが無意識の中に抑圧された形で
残る秩序のことだ。従って主体は常に主体と客体が分離される前の原初の状態へと回帰する欲望を抱えており、
永遠に満たされない欠如に向かい欲望が動いている。このリビドー的秩序は象徴秩序では収まりきらないところにある。
しかし、鏡像の自己はあくまでも幻影で、それは他者(Other)が自己に望む姿を映しているに過ぎないので、結局、象徴秩序を通じて
投影された他者の望んだ自己を求める欲望がリビドー的秩序と繋がって主体が形成されていくことになる。

ラカンによると、主体を形成するトポロジーの構造は象徴(言語と社会的接続)、想像(自己同一化)、本体(英語ではThe Realなんだが、
訳があってるかは知らない。これは主体と客体が分離したときの興奮・トラウマによる起こる効果)で構成されていることになる。
ここで、上に述べたK教授のトポロジーを強引に組み合わせて1)象徴/文化表象(2)想像/主体性(3)本体/経験の関連性を仮定してみる。
(2)の部分はちょっと省略して、(1)と(3)の結びつきを考えてみる。

もし、戦争などの暴力的出来事に遭遇して、主体が過去の自己と断絶されるような経験をした場合、ラカンが鏡像自我で説明した
トラウマや興奮が起こる可能性はないだろうか?つまり完全だった過去の自己とは分離されたので、そこへ回帰し続けるような
欲望が主体を支配する可能性があるように思う。そして、その失われた自己像は他者の欲望によっても形成されていく。
例えばなんだけれども、カンボジアで地雷を踏んだ青年が、家族から「あんたはもう足が無いから働けないわね」と言われ続けた場合、
その青年は「地雷を踏む前の健康な体だったら働けたのに」という悩みに苛まれ、もう戻れない過去の自己像を取り戻したい欲望が
起こってくる可能性がある。たしかに、表象秩序が主体を規定化しているかもしれないが、こう考えると、過去の自己と分断された
経験と象徴秩序との相互作用によって欲望の過剰性、つまりリビドー的意味秩序の拡大が起こることだってありうる気がする。

長々書いて何が言いたかったかと言うと、言語の先行性を強調するよりかは、言語体系(象徴秩序)と経験の相互作用による
+αの部分に目を向けるとまた(2)の想像/主体性の見方が変わってくる、ということが言いたかった。
これはあくまでも自分の勝手な考えであってK教授がこう言ってるわけじゃない(K教授のトポロジーの話はまたいづれ書く予定)。
あと、これは経験がトラウマ的なときはいいかもしれないけれど、それ以外ではどうか疑わしい。
(しかし、日常でも失恋や親の離婚などトラウマ的経験はいくらでもあるんじゃないか?)

ああ、また馬鹿みたいに長い日記を書いてしまった!
Kristevaが難しくて、その反動がここに来てしまった。
お願いだから集中力保って勉強してよね、俺。
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by fumiwakamatsu | 2005-03-20 18:50 | 文化人類学

後だしジャンケンについて

乱暴な批判が大嫌いだ。
「この本はくだらない」とか「あの講演は聞く価値ない」とか
一言で良し悪しの判断をする人に対して「じゃあ、てめぇの
研究はさぞかしその上を行ってるんだろうなぁ、あぁ?」という
怒りが沸々と沸いてくる。今日の授業でも同じことがあった。

「Homefront」というノースカロライナにある軍事基地の街の歴史を
描いた民族誌が課題に出ていた。著者のLutzは明らかに反軍事化の立場を
取っていて、基地の拡大に伴って周辺のコミュニティーが社会・経済・環境
等の点で劣悪化していく過程を追っている。戦争や軍隊の正当性が誇張
される影で、足元を見れば人種・性差別、基地への経済的依存、退役軍人に
よる犯罪などが隠蔽されている点を指摘しいる。理論的な内容よりかも、一世紀に
渡る歴史を当地に住む人のオーラルヒストリーを混ぜてつぶさに検証している。

さて、今日のプレゼンを担当した生徒が
「この本はあまりにもイデオロギー的に偏っていて一種の目的論に基づいて書かれている」
と言えば、別の生徒が「まったくそう。著者の歴史的記述はあまりにも選択的で少しも
信用することができない」と乗り、バッシングの大合唱になっていた。教授が本の具体的
な内容に戻そうとしても、まだ数人が批判を止めようとしないので、他の皆が切れ出してきた。
というか、1年生の院生VS2年生の院生という対立構造で議論になっていた(いつもそうだ!)。

自分もあまりにも切れていたので、少し声を震わしながら発言した。

「まず信頼できない選択的記述と言うのなら、信頼できる客観的かつ中立的な記述の
基準をあなたの言葉で説明して欲しい。もしそんなものがあればの話だけれども。そして、
この歴史の記述は目的論に単純に還元されるものではない。目的論とは、1つの最終地点
に向かって歴史が動くような書き方を言うものだが、この著者は重要な出来事、
つまりこの場合は戦争だが、それによって基地とコミュニティーの関係が不平等なまま
再構築されていく点を各時代に合わせて検証しているのであって、1つの目的に収集するような
書き方はしていない。第3章では冷戦期において、軍がコミュニティーをシュミレーション訓練に
使っているほど抑圧的だったのに、最終章では基地の縮小化に伴う問題を指摘してるじゃないか!」

感情的になってたのでこれほど明確に発言したかは疑わしいけれども、こんな内容だった。
先ほどメールをチェックしたら教授から↓のメールが届いていた。

On an unconnected note, I have been mulling over our class discussion today and would like us to further interrogate why Homefront struck several in the class as unduly "biased" when the others authors we've read -- Caldeira, Lipsitz, Harris -- were not subjected to that particular criticism in spite of the clear positions they take on fraught political issues of criminalization, racial inequality, etc. Is it Lutz's narrative style, in particular her choice of the social historian's voice rather than the self-reflexive ethnographer's voice, that made her account seem overly authoritative and by extension too ideological? To restate a question I raised in class, does anthropology, or history for that matter, need to occupy a space of ideological neutrality to be legitimate? Or is it simply that students of anthropology are accustomed to authorizing bias in one form (through the explicit self-positioning of the author) and not another? This brings me to a related question about the constitutive elements of a narrative. Some students all raised the question of Lutz's deliberate "selection" of details to support her account. This of course raises the question of which account -- anthropological or historical -- is not partial and selective? So, again, what is it about Lutz's style or particular ideological position that makes her narrative seem so much more "selective"? In a sense, I'm asking us as a class to engage in a micro-ethnogaphy of readership to better understand how we interpret texts. (As a side note, I'm curious to hear what the other historians in the room have to say about the characterization of history as an interpretive practice.)

昨日の話もそうなんだが、ある本を粉々になるまで批判したところで、自分の研究に
振り返って考えると、その批判を本当に超えるほど素晴らしい研究ができるのか、という話になる。
後だしジャンケンをして勝ったつもりになってもナルシスト的な喜びしか味わえることができない。
そして批判ばかりして、自分の研究を公に発表するのが恐くなるのが一番いけない。

ああ、怒り心頭だったので馬鹿長い日記になってしまった、、、。
そして、今KristevaのAbjectionを読んでいるんだけれどもこれまた難しくて怒り心頭だ。
もっとわかり易く説明しろよな、フランス人のアホーー!!
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by fumiwakamatsu | 2005-03-18 14:42 | 文化人類学

今後の道程

昨日、「グローバル化と文化」の授業でW教授が「本を書くとは何ぞや?」と力説していた。
と、言うのも、その授業で読んできたグローバル化論の本がすでに古臭く、90年代の時代背景
でしか当てはまらない内容のものばかりなので、一体どれだけ先見性をもって研究できるか、という
話になったからだ。たしかにAppaduraiが主張する「移民とメディアの越境するランダムな流れが
国民国家体制を揺るがす」という考えや、Ongがフーコーの統治性概念を使って市民権の拡大と国家の
体制化を弁証的に捉えるやり方などは、90年代初頭の可動性を賛美していた時代にしか当てはまらない。
共産主義崩壊で始まった冷戦体制の終了から911のテロまでの時期を一くくりにした場合、たしかに
その時期はグローバル化に対して変な高揚があったように思う。では、実際にフィールドワークという時間の
かかる方法手段で論文を書く場合、理論の枠組みとデータの内容をいかに新鮮なままで残せるか、というのが問題になる。

W教授は具体的に、もし今年からフィールドリワークを開始した場合の”理想的”計画表を黒板に書いていた。

2005年8月:フィールドワーク開始→2007年1月:終了→2009年4月:博士論文終了→
2009年6月:博士課程卒業→2009年9月:就職(授業に追われながら論文の書き直し)→
2010年4月:本の草稿終了→2011年3月:草稿のレビュー終了→2011年8月:草稿の訂正→
2011年9月:印刷開始→2012年9月:ようやく本の出版→2013年:終身雇用(Tenuer)査定

例え今年に調査を開始しても本が出るのは早くて7年後という計算になる。
そしてその本の出来栄え次第で終身雇用が得られるかどうかが決まってしまう。
また、それまでに学術雑誌で論文を2・3本は出稿できてなければいけない。
しかもこれは「優秀な生徒」の場合なので、必ずしも皆に当てはまる計画表ではない。

こう考えると、現在興味のある課題・理論・事象が本当に7年後まで使えるものになるのか不安でしかたない。
我が学部最長老であるW教授の場合、60年代後半に先祖崇拝を研究しに中国の農村に行ったところ、
その村ではすでに海外移住が始まっており、親族関係を明確にするために村の移民をヨーロッパに追って
調査する羽目になったそうだ。すると、80年代後半からディアスポラの研究が盛んになり、勝手に先行研究として
取り上げられることになった。運が良かったのか、彼に先見性があったのか、果たしてどうだったのだろう。

W教授は、「フーコーやポストモダンは、ありゃ20世紀後半の代物じゃ。今それに飛びついてもわしゃ責任とらんぞ」
と言っていた。それが正しいかどうかはわからないけれど、彼はもはや廃れてしまった親族関係を人類学の課題に戻そうと
躍起になっている。良くも悪くも、こういうおじいさん的な教授がいるのも頼もしいもんだ。

具体的なことを書きながら、いかに時間と空間の制約を超えていくことができるか。
難しい課題である。果たして10年後の自分はどこで何をやっているんだろう。
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by fumiwakamatsu | 2005-03-17 14:13 | 雑記

Home Plus

大学2年までは長期休暇に入ると必ず貧乏旅行に出かけていた。
行き先を挙げるとヴェトナム、タイ、台湾、ネパール、インドネシア等等。
しかし、途中から旅行が楽しくなくなってきた。と、言うのも一体海外に行くからと言って
新しい経験ができているのか、それともすでに知っていることを再確認しに行ってるのか
わからなくなったからだ。それ以降は家族や彼女と一緒に海外旅行することはあっても、
1人でバックパッカーを背負いながら苦行僧的な旅行をすることは止めてしまった。

Therouxという人類学者が言うには「旅行とはHome Plusな経験をするだけにすぎない」そうだ。
海外旅行に出かけても大抵は自宅とほとんど同じ機能を備えたホテルに泊まり、後は地球の歩き方
などの旅行ガイドに従って消費活動することしかできない。それもそのはずで、海外に行ったところで
土地勘もなければ現地の言葉もわからないし、自国ですでに設定されたガイド的なものに従うしかない。
したがってスペインなら「Home+太陽」、アフリカなら「Home+象とライオン」、エジプトなら「Home+ピラミッド」
という程度の体験しかできないもんだ。異国情緒を味わうというよりかは、すでに自国で知り尽くしたものを
「ああ、やっぱり思っていたとおりだ」と再確認する快感を味わう、というほうが正しいんじゃないだろうか?
そして、異国にいたという事実を写真などで記録に収めることで、自国に戻るとあるステータスが得られてまた快感だ。
もし、現地の人々と同じ生きた体験を味わおうとしても、自分の無力さに気付いてしまうだけだろう。
英語が通じる相手なんて9割は「旅行者から金を取ろう」と考えている人か、たまたま学識のある人でしかない。
こう考えると自国からより遠くに行けば行くほど自国で作られた既成の認識を上乗せしているだけになる。
そのために大金はたくなら馬鹿げた話だ、という結論で1人で海外旅行に行くことはさっぱりなくなった。

とは、言うもののやはり海外でしか味わえない「純粋な感覚」というのもあるかもしれない。
匂い、視覚、味覚など、五感で感じるものが自国になければ海外に行くしかない、とも思う。
こう考えて、是非やってみたいのが「世界お酒の旅」だ。ドイツの地ビール、アイルランドの
黒ビール、スコットランドのスコッチ、アフリカではバナナで作ったお酒もあるそうだ。
でもこれも伊勢丹の地下一階で事が済んでしまうかもしれない。うーん、難しい。
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by fumiwakamatsu | 2005-03-16 15:42 | 文化人類学