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クルックワン族の子供

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            お嬢ちゃん、お腹が空いたのかい?じゃあ、おじさんがおいしいもの食べれるとこ連れってあげようじゃないか。
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by fumiwakamatsu | 2004-11-06 14:00 | 雑記

ありがとうございます

旧知の方々、この1ヵ月内に出会った方々、そしてまだウェブ上でしか知り合えてない方々、
たくさんの人から誕生日のお祝いしていただき感謝感激です。こう考えるとブログを始めてよかったです。

さて、今日は学科の同期の奴らから祝福を受けた以外は特に何も無く過ぎていきました、、、
と思ったらさっきルームメイト達が部屋をノックしてプレゼントを渡してくれました。

なんと「華氏911」と「We Still Believe, Boston Red Sox」のDVD二本立て。
DVDを買い集めるルームメイトMに「ねえ、華氏911は早く買わないの?買ってよ、ねぇ?」
と週に1回は言ってうざがられていたのですが、どうやらこの日まで待っていてくれたそうです。
そして「We~」は去年の惜敗を味わったレッドソックスファンを描いたドキュメンタリー。
これは我が家でソックス祝勝おでん会を開くときまで見ないようにしておきますね(来週の土曜日なんで御三方、空けておいて下さい)。

さっそく見た華氏911の感想を書こうと思ったんですが、
共和党が勝った悔しさがこみ上げてきて長くなりそうなんでまた今度にします。

それよりも↓これ
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こんなん見せられて日本に帰れないならむしろ殺して下さい!
ああ、神様、あなたは何故にそんなに無慈悲なのか!!

ボストン在住の皆様、ホームシックを加速させてすみませんね。
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by fumiwakamatsu | 2004-11-05 15:26 | 雑記

25歳になりました

巡礼、通過儀礼、ディアスポラ、黒人アイデンティティーの形成。
25年目へと突入する間際に頭を占領してたのはこんな言葉ばっか。
マクドナルドが主催する「アフリカ帰還旅行」を通じてアフリカ系アメリカ人がどうアイデンティティーを形成していくか、
それを”通過儀礼”という概念を使って分析している民族誌を読み終えたとこだ。
こうやって24年目が終了した。時間による節目じゃなくて本による節目。

去年は変な年だった。
というのも、自分が何歳だったか忘れてしまって
迂闊に「23歳」とか「25歳」とか適当に年齢を教えてしまったことが多々あった。
別に悪気があったわけではなく、不意に聞かれると自分でも思い出せなかっただけだ。
それだけ社会の求める年齢”像”を気にせずに生きていたのだろう。

1年という節目はもうほとんど関係なくなった。
というのも、今は1つの明確な目標があるからだ。
それは30歳になるまでに1冊の本を書き上げること。
目標を達成するために未来から現在に向かって逆算しながら生きている。

不思議なことに目標とは明確になればなるほど、
そこに辿り着く道程が長くなってしまう。
「人生とは何事も成さぬには余りにも長いが、何事かを成すには余りにも短い」
中島敦が「山月記」で書いたこの一文は的を得すぎている。

だからこそ追い水のように逃げていく目標を綱で繋ぎ止め
それを引き寄せるためだけに時間が存在するようにしている。
そうなると365日という単位はあまり関係なくなる。
時の実践感覚は共有されない。冷たく、熱く、自分の中で進行する。

フリーターで失望の底にいた2年前の今日。
当時では想像できなかった理想の環境に今はいる。
自己実現という曖昧な言葉を具現化するには世界中で最も適した場所。

この幸せを噛みしめながら今を生きていたい。
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by fumiwakamatsu | 2004-11-04 14:58 | 雑記

詩的な部分

Your feet     Pablo Neruda

When I cannot look at your face
I look at your feet.

Your feet of arched bone,
your hard little feet.

I know that they support you,
and that your gentle weight
rises upon them.

Your waist and your breasts,
the doubled purple
of your nipples,
the sockets of your eyes
that have just flown away,
your wide fruit mouth,
your red tresses,
my little tower.

But I love your feet
only because they walked
upon the earth and upon
the wind and upon the waters,
until they found me.


人間の脳には詩的な部分があって、恋愛感情はそこから生まれれる。
と、いう台詞は芥川も言っていたし、ミランクンデラも言っていた。

じつはこの詩を紹介してくれた女の子と二ヶ月ほど付き合っていた。
でも今振り返ると、彼女に惚れていたのかこの詩に惚れていたのかよくわからない。

詩の魔力って恐い。


ちなみにパブロ・ネルーダは映画『イル・ポスティーノ』に出てくるノーベル文学賞を取った詩人。
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by fumiwakamatsu | 2004-11-03 11:50 | 雑記

Nightworkについて

b0017036_7105538.jpg以前の日記で述べたのだけれども、Nightworkとは六本木のホステスクラブで実地調査を行ったAnne Allisonという人類学者が書いた本のタイトルだ。なんら深い意味もなくただ前のホームページを作ったとき手元にあったので頂戴しただけ。さっきYahooで”Nightwork”と検索したらこのブログがトップに出てたのでびっくりした!(ちなみに二番目はAmazonの宣伝で残りは風俗業のホームページだった。)Anne Allison(Duke大学の教授)とは顔見知りなので、もし彼女にこの事実が知られたら少し困るかも、、、。

さて、じつは今日のテッド(担当教官)のゼミでは本物のNightworkが宿題で出されていた。レポートが終わらなくて30分ほど遅れて行ったのだが、ドアを開けるといきなりテッドが「あらFumiさん、今日は何か残業でもあったのですか?おしぼりどうぞ」と日本語でホステスの物真似をしてきた。遅刻の理由を完全に見透かされたうえギャグで攻められたので返す言葉がなかった。ハーバードの教授は手強い、、、。

本の内容を述べると、ただホステス業界の裏事情を暴露しているのではなく、ホステスクラブを企業文化の枠組み内で捉えてジェンダー論を展開している。Allisonはバブル最盛期の1991年に4ヶ月間自らホステスとして働き、その後1年間サラリーマン家庭を対象にしてインタビューを行った。従ってホステス/男性客、女性社員/男性社員、妻/旦那、母/息子という4つの異なる男女の関係においていかに女性の社会的役割が構築されているかを主題に置いている。

少し寄り道なのだけれども、人類学がなぜ”儀式”について研究しているかをいきなり説明したい。トーテムポールをご存知だろうか?トーテムポールは各氏族を象徴する動物とその起源を表す物語が丸太に刻まれており、カナダ西岸の部族は年に一度トーテムポールの前に集まり儀式を行う。

その儀式では各氏族がトーテムポールに刻まれている動物の真似をして起源神話を再現させる。そして、その儀式に従ってお互いの社会的役割や義務を再確認する(例えば、熊氏族の人はカワウソ氏族の人達に鮭の干物を10匹プレゼントしなければいけない、とかね)。

つまり、儀式を通じて既存の認識体系を具現化させ、人間関係の間に決められた社会基準を強化させる、ということが言える。これが人類学者がアマゾンの部族とかに行って儀式を研究してきた一般的理由だ。(もし儀式についてもっと詳しく勉強したい人はデュルケイムの「宗教の原始形態」の最終章を読むことをお勧めします。)

話をNightworkに戻そう。Allisonははっきりと儀式の効用について述べてないのだが、彼女はホステス/男性客の間で交わされる所作を”儀式的”として描き、そこで具現化される社会基準が他3つの男女関係における役割を規定する、という大胆な解釈をほのめかしている。

では、クラブ内で行われる儀式とはなにか?
(1)男性に奉仕する儀式:水割り作ったりライターに火をつけたり
(2)女性を性的に蔑視する儀式:おっぱいトーク
(3)甘えの儀式:包容力のあるママさんに悩みを打ち明けたり
(4)男性の間の序列を無くす儀式:ホステスクラブ内では無礼講OK

(1)は妻/旦那、(2)は女性社員/男性社員、(3)は母親/息子の関係にそれぞれ当てはまり、そして(4)は男性社員がクラブ内で序列関係を緩めることで、逆に仕事中の厳しい序列関係を耐えることができる。つまりこの儀式を通じてサラリーマン家庭におけるジェンダーの役割が以下のような機能を果たすよう規定されていく。母親になると、脱性化され、企業に勤めることもできずただ子供と旦那に尽くすだけの役割しか認められなくなる。そして、男性は女性を排除した同胞意識を会社内で築き、稼ぎ手として家庭に尽くす代わりに、性的関係を家庭外に持つ事が許される。すなわち二項対立的に基準が強化されていく。


面白いのは旦那がクラブに通っているような主婦の方々にもAllisonはインタビューをしていて、彼女達がその事実を知っていても知らないふりをする点を述べている。つまりは、旦那を責めることができないほど、強力なイデオロギーとして社会基準が浸透しているわけだ。アメリカ人にとってはこの点が不可思議で仕方ないようだ。

ホステスクラブを逸脱行為として捉えず、企業文化の重要な儀式的要素として捉えた点がNightworkの画期的な点だと思う。

さて、おそらくここまで読まれた女性の方はとても憤ってておられることでしょう。
もちろん、Allisonは性差別を肯定するために書いたのではなく、性差別が生まれる構造を客体化して読者に批判的な目をもつことができるよう示唆している(余計なお世話だ!って人もいるかもしれないけれど)。ただ、批判点を挙げるとすると、あまりにもホステスが機械的な役割しか果たしていないので、もっとホステスの女性達が自分の仕事についてどう思っているのか、書いて欲しかった。あと、彼女の述べる企業文化はバブル時代には通用するが、果たして今も同じ事が言えるかとなると疑問だ。

たしかAllisonは「日本における怪獣アニメ」について新著を出版する予定だったと思う。今年の2月頃、このタイトルでハーバードで講演を行い、その後テッドに連れられ一緒に食事をした。大学に入る前に世界一周旅行をしたヒッピーだったので、自らホステスになって調査をするような度胸が生まれたのかもしれない。そして、やっぱり美人で一挙一動がとても優美でした、、、。
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by fumiwakamatsu | 2004-11-02 07:27 | 文化人類学

英語で論文を書くということ

担当教官が教えているEthnographic Gaze in Japanという授業で課題が出ている。
「日本研究の礎を築いた3人の人類学者を比較して類似点・相違点を述べよ」という問いに5ページで答えなければならない。

その3人と著書とは
(1)John Embree ”Suyemura” 1931年出版
   熊本県の須恵村という小さな村で1926年に実地調査を行い、部落社会の経済・社会・組織について述べたもの。
(2)Ruth Benedict ”菊と刀” 1946年出版
   GHQの要請を受け、日本を訪問することなく日系アメリカ人や日本に関するメディア資料に基づいて、日本人の行動・感情・価値観を統制する「文化の型」を抽出しようとした民族誌。
(3)中根千恵 ”縦社会の人間関係” 1971年出版
   東北の村で同族関係を調べたのち、日本のどの組織にも通じる人間関係の原理を「縦の原理」として提示。

まず類似点は何かというと
・3人とも日本が近代化する過程には特有の文化作用(たとえそれがエートス・社会構造・経済扶助組織を意味するにしても)
が影響を与えているという文化相対主義に基づいている
・自己中心主義ではなく社会中心主義として個人の主体性が表象されている
・日本人の人間関係は常に主従関係に基づいており、上部の人間の命令は絶対的
・上に述べた特徴は例え文化相対主義を唱えたとしても西洋との単純な二項対立的比較によって描き出された日本人像であり、国家と文化を容易に結びつけ国内の多様性を否定している

んで、相違点を言うと
・Embreeと中根はイギリスの構造的機能主義に基づいている。つまり人間社会の各組織はお互い相互依存の関係で均衡を保っており、ではその相互依存を規定する原理を抽出しようとする立場だ。たとえ、各組織を構成する個人が入れ替わろうとも、その果たす役割が変わらなければ社会の構造も変わらない。それに対してBenedictは「文化と人間形成」という20世紀前半アメリカで流行った立場に基づいている。各文化は個人の行動・価値観・感情を規定するように子供を育てあげるので、文化が違うと「自己」を形成する別々の「型」が生まれてくるという立場。
・この2つのアプローチに基づくと上部構造(感情・価値観)と下部構造(社会・経済構造)の比重が異なってくる。Benedictの場合、「恩」「義務」「義理」などの基本的道徳観によって自己が社会化するため、その結果として主従関係が成立する。しかし、中根の場合は古代から培われた村社会の「縦関係」がそのまま近代の組織の中にも根付いているので、主従関係を重視する価値観は下部構造によって作られる。たとえその前提が違っても、両者とも前近代の封建的主従関係が近代以降の会社や軍隊などにみられる主従関係にそのまま再生産される、という点は同じだ (従ってマルクス主義的歴史観が主張するように下部構造が変わったところで上部構造における変容は一切起こらない)。
・中根とEmbreeを比べたとき、前者は縦の原則を主張するけど後者は部落内における相互依存的横の関係を重視する。なぜこのような違いが生まれたかと言うのはお互い実地調査をした場所が東北・九州という違いがあるから、というのが有力な説。

まぁ、こんなもんかな。
日本語だと十分程度で書けるレポートが英語だと5時間くらいかかります。
提出は明日。さあ、これから(夜の9時)頑張ろうっと。
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by fumiwakamatsu | 2004-11-01 10:12 | 文化人類学