カテゴリ:文化人類学( 155 )

集合性の表象の問題

人類学者は、よく「〜人は〜する」というような言い方をしてしまう。
(この1文すらも同じロジックにはまっているわけなのだが。)
そして、民族や国民の均質性を自明のものとし、カテゴリー化された
集団の中にある多様性や混合性を隠蔽してしまうことが問題化される。
最もひどい言い方は、そのような民族や国民を「〜文化」というカテゴリーに
入れて固定化・本質化してしまうことだと、さんざん批判されている。

「日本人はタテ社会を好む」だとか「インド人は牛を食べない」だとか、
ここまで単純な文章はさすがに無いが、でも「〜人は〜する」と、つい
言ったり書いたりしてしまう。もちろんフィールドワークをした本人が、
言及している集団がいかに多種多様な個人から成り立っているか
わかっているのだが、それでもこの表象のパターンは無くならない。

なぜ無くならないのか、と考えると、ただ便利だから、としか言いようがない。
といのも、このようなパターンで表象するときは、聞き手や読者が、話者や書き手と
同じ集団に所属しているというのが前提にあり、その「我々」という帰属意識と
対立させて、言及されている「彼ら」との差異を強調するのに便利だから、だと
思う。別に言及している集団が全く均質だと言いたいわけではなく、ただ
「我々」と「彼ら」という区分の仕方が表象する上で都合がいいから、「〜人は
〜する」というパターンにはまってしまっているのだろう。このように単純化された
集合性を避けるために「〜社会では」だとか「〜の地域では」という地理的区分を
用いた表象もあるが、結局は同じロジックにはまってしまっていると思う。

だからと言って、人類学者は集合性というのものは全く架空のもので、独立した個人
しかいない、という立場は取らない。あくまでも個人を結びつけている関連性に焦点を
当て、それを社会的現象として分析・解釈する。ならば、個人を繋いでいる関連性だけ
を焦点に当てて描きだせばいいだけなのだが、それが簡単そうで意外に難しい。個性を
暴き出し合いながらも繋がっている、という状態を表象するのは骨がいる。

、、、なぜこんな話をしているかというと、ランダムなフィールドノートをぼんやりと
眺めながらこれを一体どう繋げれば良いのだろうと、途方に暮れてしまっているだけなのだ。
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by fumiwakamatsu | 2007-05-09 01:20 | 文化人類学

情けない

とりあえず夏の分の奨学金は世話になり切っている某研究所から貰えた。
あとT財団とW財団の奨学金に応募せねば。しかし、今の研究の状態が
時間的にも空間的にも広がり過ぎているので当初の研究計画が全くもって
役に立たない。一度決めたロジックをまた崩して書き直すというのは本当に
辛い。色んな方に校閲を頼んでしまったのに未だ仕上げれずにいる。情けない。
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by fumiwakamatsu | 2007-04-26 00:46 | 文化人類学

悲しい

他者の否定をしてしか自己を正当化できないというのは悲しいことだと思う。
先日、とある老齢の人類学者の講演の内容を読んでそう思った。まず最初に、
ある潮流の学派に対して少し嫌味を含んだ否定をし、自分の立場は「弱者」と
位置付けながらある主張をしていた。別に自らの立場が正しいと思っているなら
正々堂々と批判を受け付けないような正しさを主張すればよいだけではないか、
と思う。へりくだった高見に酔いしれて、他者を否定することでかろうじで自らの
立場を保っている。

自分もいつか同じような状態に陥ってしまうかも、といい戒めではあった。
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by fumiwakamatsu | 2007-04-23 00:13 | 文化人類学

悪夢

今朝、うなされて目が覚める。嫌な夢を見た。
アメリカに戻って同期のAと再会して話をする夢だった。
お互いフィールドワークの話をして、これから論文をどう
書くかなどと話をする。そこでAはフィールドノートを日数分
書いたと話す。で、お前は?と聞かれた時点でハッと
目が覚めた。現実味がありすぎる。いや、というか現実にやばい。
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by fumiwakamatsu | 2007-04-22 00:16 | 文化人類学

やっべえ

とあるインフォーマントと食事に行ったときノートを置き忘れてきてしまった。
しかも、その方に後日わざわざ自宅に送って頂いた。別に怪しいことが
書いてあるわけでないけれども、別の場所で書いたメモも載っていた
ので読またとなると少し困る。しかし、わざわざ先方も平謝りで(その方は
酔ったついでに間違えて自分の鞄にいれてしまったと付記していた)、
さらに申し訳なくなる。こういう不注意は二度と起こさないようにせねば。
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by fumiwakamatsu | 2007-04-10 01:10 | 文化人類学

発掘された民族の証

今日、とある研究者と一緒に昼食をする。

宗教学を専攻している彼女は昔、イスラエルに行って発掘調査の手伝いをしたことがあると言
う。旧約聖書に出て来る記述に基づいて、2000年前にあるユダヤ人の集団が居住していたと
される場所を掘っていたそうだ。

土を掘り始めて行くうちに時代によって異なる層が出来ていることがわかる。ある層には明らか
にアラブ系の民族が住んでいたときの遺品が発掘されるのだが、それらは何の価値も与えら
れず、対象となっているユダヤ人の居住年代の層だけを精密に調査して行くそうである。そし
て、その層から壷や皿など当時の遺品が出て来ると、旧約聖書の正しさを証明する証、つまり
は、その土地には元からユダヤ人が住んでいたという証として学問的な正当性が与えられる
ことになる。

イスラエル政府もこのことは理解しており、どの場所を何メートル掘るのか、限定してからでな
いと調査許可を出さないそうである。また、もし”聖書通りの”遺跡が発掘されたならば、その
場所をユネスコの世界遺産として認定するよう働きかける。世界遺産は、どの民族に遺跡が
所属しているのか、明確に認定することになるので、結果として、発掘された場所が国際的に
イスラエルの所有として認定されることになる。

この事例で面白いのは、まず旧約聖書というテキストを前提にして発掘物の価値を決めてい
る点であり、その前提に沿わないものは何の価値も与えられないことである。さらには、国家の
領有権を証明するために考古学が密接に結びついており、地面に埋められているものが領土
の証明として政治的に利用されてしまうことだ。

じつはイスラエルにおける考古学とナショナリズムの関連性について研究したパレスティナ人
の人類学者がいて、その研究はFacts on the Ground という本にまとめられている。でも、今
回友人の話を聞いて驚いたのは、アラブ人のものとされる発掘品は、どれだけその時代が古
くともゴミのように扱われるそうである。実際、アラブ人が住んでいた時代の層からある土器の
破片が見つかったそうだが、イスラエル人の調査団長は、それをお土産として彼女にプレゼン
トしたそうだ。Thank youという謝辞を破片の上に書いて。
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by fumiwakamatsu | 2007-04-08 21:29 | 文化人類学

くま

先日、サンフランシスコに在住するゲイのアルゼンチン人研究者と話をしていた。どうやらアメ
リカのゲイの方々の間ではvanillaとbearという区分があるそうだ。前者は、華奢で顔のお手
入れも入念にする、いわば美形の男。後者は、逆に太っちょで特に容姿は気にせず体格の大き
い男のことを言うらしい。

その研究者曰く、bearというカテゴリーが出て来たのは、vanillaが白人中流階級の容姿至上
主義に偏っているのに反発し、容姿にこだわらず、ありのままの姿でも同性愛が受け入れられ
るよう推進した結果だそうだ。ゲイの世界でも美の基準化が浸透し、身体的に美しくないとさ
れる者を排除するような抑圧システムがあり、排除された者の経験がbearという言葉を生ん
だ、と力説していた。

話は変わるのだが、新宿御苑である家族のお花見に参加していたとき、横に一風変わった集
団がお花見をしていた。およそ40人くらいの男達で、誰もが、かっぷくが良く、短髪・無精髭を
生やし、少し肌寒いにも関わらず半袖を着ていた。最初は大学のラグビー部のお花見かと
思って眺めていた。しかし、何やら相撲を取ったり、お互いの服の下に手を入れたり、上半身
裸になったりしていたので、ようやく、「ああ、そうか、2丁目も近所だしな」と納得した。

たしか日本語でも「くま」というカテゴリーがあると聞いたことがある。そこにいた人達は、「くま」
というカテゴリーに当てはまるのかもしれないが、驚いたのはあまりにも彼らの容姿が均質化さ
れていることだった。太っちょなのだが、それはお相撲さんのように筋肉の上に脂肪がのった
ような太さであり、おそらく皆ジムに行っているんだろう。もちろん格好もお洒落だった。今、そ
ちらの世界で流行っているらしい「どんだけ〜!」という言葉をつい言ってしまいそうになるほど
だった。

彼らの均質さを見ていると、アメリカでは反権力的運動として出てきたbearというカテゴリーが
日本では逆になってるんじゃないか、と思えた。日本で「くま」というカテゴリーがどう歴史的に
使われてきたか知らないけれども、彼らの「太っちょでわんぱく」的な美の基準が、そうでない
他のゲイの方々を逆に排除・異質化するようになってないんだろうか、と思えたのである。ま
あ、たまたまそこに居合わせたのが「くま」の方々の同好会だったのかもしれないけど。

ところで先述の研究者は自称bearなのだが、さんざんbearとしての誇りを語ってくれた後、
「でも日本人の男って皆華奢でキュートだよね」と言っていた。お前、プライド持てよ。
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by fumiwakamatsu | 2007-04-04 00:54 | 文化人類学

後から考えると笑える

フィールドワークをすると対人関係を築くためには何でもする。
普通ならば考えられないようなところまでずかずか入り込み、
とりあえず相手に信頼してもらえるまで無我夢中である。

で、今日は何をしていたかと言うと、全く見知らぬ家族の
お花見に参加してきた。もちろん知り合いを通じてなんだが、
相手からすると、なぜハーバードの学生が一緒に花見している
のかわけのわからない状況のはず。「こいつ誰?」という
痛い視線を浴びながら酒をついでいくわけである。

とりあえず、その家族の中にいたキーパーソンとお近づきに
なり本日のミッション終了。次ぎ合う約束を取り付ける。こう
書くと本当にスパイみたいだ。笑える。
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by fumiwakamatsu | 2007-04-01 22:40 | 文化人類学

結婚式なのに

去年、学部同期の女の子Nの結婚式があった。
同期の皆でレンタカーを借り、ニューヨークまでドライブ。
勉強から解放されて、和気あいあいと楽しんでいた。

宿泊先のホテルに着いてから式が始まるまで1時間ほどの暇があった。
何でそんな話になったのかわからないのだけれど、男部屋の中では「自爆
テロはなぜ自ら命を断ってまでして敵を襲うのか」という議論が始まった。

イスラムのインドネシア人Dは、自殺という行為はイスラム教の教えから
すると、最も罪深いはずなのに何故命を断ってまでテロを起こすのか
わからない、と問う。すると、エジプト系アメリカ人のAは、歴史的に
考えると、銃器がなく刀器を使ってテロを起こしていた時代ならば、
テロという行為は必然的に自殺を伴っていたのであり、武器の殺傷力の
向上とメディアによってテロの現場が可視化されたことで、あたかも
自爆テロが非合理的な行為として現在では捉えられるようになったの
ではないか、と言う。そこで、自分も、戦時中の特攻隊を例に出し、
自爆テロというのは個人の意志ではなく、組織的な行動の一部であり、
最小限の犠牲で最大限の心理的インパクトを与える戦略として実行
されているに過ぎないんだろう、と言う。

その後、議論は自殺テロは個人の意志なのか組織的な企みなのか、
という点で延々と続き、気付けば結婚式の時間だった。式場までの移動中に
同期の女の子が「一体何を話していたの?」と聞かれたので答えると、
「はぁ〜、まったく男ってこれだからロマンスもあったもんじゃないわね」と
呆れられる。

Nの結婚式は非宗教的な儀式だった。会場はワインを作るブドウの果樹園
だったのだが、神父の格好をした男性が式を取り持ち、神への誓いの代わりに
「大地によって育まれたこの葡萄酒を飲み干すことによって、大地に向かい、
結婚の誓いをたてなさい」という神が大地に置き換えれた儀式だった。そこで
また男性陣は、「あの儀式は宗教的ではないと言い切れるのか」という点を、
披露宴のテーブルで議論し始めることになった。シンボル自体は宗教的では
ないが、あれこそ「宗教とは社会が社会自体を崇拝するもの」というデュルケームの
テーゼを如実に体現したものではないか、ただ神聖性のベールが剥がれた
だけなのではないか、などと話をしていた。

こんな感じで、たとえ結婚式であっても人類学の色眼鏡が取れない連中だった。
それでもその後は皆で酒を飲んでダンスを踊り、心底楽しんだ1日だった。
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by fumiwakamatsu | 2007-03-22 00:32 | 文化人類学

Post Modern Missionary: Travelling without Moving

宣教と言うと、個人的にはどうしてもフランスシコ・ザビエルの姿が思い浮かぶ。
二度と祖国に戻って来れるかもわからず、異国の地に骨を埋める覚悟で布教に
命を捧げる。キリスト教が根付く為に現地の言葉を習得し、自給自足の生活を
送り、果ては人気の代価に弾圧されるのも恐れず長く渋とく滞在するのが普通
だと思っていた。そこまで長居するのは宣教師と人類学者くらいだろう、と。

しかし、宣教のスタイルも現在では大きく異なるようだ。

ボストンで知り合いになったクリスチャンの友人が夏に短期で行ける宣教の場所をネットで
探していた。そのサイトを見せてもらうと、どこかで見たことのあるような錯覚に
陥った。昔、一度やろうか考えていた「青年海外協力隊」のサイトにそっくりだった
のだ。どの国でどのような慈善事業があるか、期間と活動が明記されてあった。
しかし、1つ異なるのは宣教に行くのにいくら必要か、その費用も書かれている点で
ある。短いもので、2週間、長いものであれば2年ほどの期間で様々な宣教活動が
載せられていた。これらの費用は教会の他の信者からの寄付で賄うようである。

その友人は、前の夏に参加したラオスでの短期の宣教を写真付きで説明してくれた。
まず最初にアメリカのどこかで研修を受けた後、バンコクの宣教用宿泊所のような場所に
入る。写真で見る限り、そこは中級ホテルのように清潔で綺麗なところで、昔、自分
が泊まったカオサン通りの安宿とは大違いだった。それから7人くらいの
グループでタイ北部のラオス国境へと移動。どうやらガイドも付き、3日間
歩きながら目標のモン族の村まで向かったそうだ。当村では一泊だけ村人の
家で泊まらせてもらい、その後は同じようにトレッキングと自動車でラオスの
都市部に行き、観光。全部で2週間ほどの宣教だったそうである。

宣教ということなので、「実際、村で布教活動をしたの?」と聞くと、別に
1日だけだったのでそんなことはなかったらしい。「では、将来、この村に
教会でも立てる予定があって、下見調査のようなものなの?」と聞くと、
その予定はないらしい。「じゃあ、何しに行ったの?」と聞くと、子供達と
触れ合い、貧困に喘ぐ彼らの生活をアメリカに伝えることが目的なのだそうだ。
たしかに写真の中にはボロを着た子供達とゲームをして遊ぶ姿があった。
もちろん、全ての旅費は友人の教会仲間からのカンパで捻出したそうだ。

説明を聞いているうちに唖然としてしまった。しかし、おそらく最も驚いていた
のは、モン族の村人達だったのじゃないだろうか。「一体この人達は何しに来たの
だろう?客人なからにはもったいないけど鶏の一匹でも殺してもてなさねば」という
心境だったのではないだろか。ひょっとすると受け入れてくれた村人達にはお礼が
支払われていたのかもしれない。友人の説明を聞きながら、自分も昔ネパールを
旅行したときのことを思い出した。道ばたを歩いていると5歳くらいの子供達3人が
自分の手をつないで無邪気に英語で語りかけてきた。日が暮れるまで一緒に手を
つないで楽しく歩いていた。すると、「もう日が暮れて家に帰るからお金ちょうだい」と
言われ、面食らったことがある。モン族の人達はあの子供達と同じ状況だったのだろうか。

友人曰く、同じグループにはアメリカ南部から来た白人の女性がいたらしい。
トレッキングのときは毎食米ばかり食わされ、食べ慣れていないのでとうとうぶち切れた
そうだ。「もう1生分の米を食べたわ」と言ったあと、彼女は一切食事を取らなくなって
しまったそうだ。友人は彼女の非礼な態度には我慢ならなかったらしい。

おそらく、この2週間の宣教プログラムというのは、行く前も行った後も「モン族の
村人達は貧困に喘ぎ、神の救いが必要な迷える子羊でした」という前提と結論を
再生産するような装置だったのだろう。ポストモダン的な脱領域化とは物理的移動と
精神的変化が必ずしも一致するものではない。
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by fumiwakamatsu | 2007-03-15 00:26 | 文化人類学