昨日読んだ本(A Problem from Hell)と見た映画(Once We were Worriors)から。
Genocide。 今では当たり前のように使われている民族抹消という言葉。 じつはこの言葉が生まれてからまだ50年ほどしか経っていない。 ポーランド系ユダヤ人のレムキンという法律学者が作った造語だ。 彼はナチスによるユダヤ人虐殺を寸前のところで逃げ切り、 ユーラシア大陸を横断して日本に渡り、船でアメリカに亡命した。 彼は第一次世界大戦が終わったときからユダヤ人虐殺が簡単に起こりうることを察知し、 「野蛮的行為の禁止」という言葉で、民族抹消を禁止する原則を各国家に遵守するよう全力を尽くした。 しかし、誰も彼に耳をかさずナチスの虐殺は始まった。亡命先のアメリカでも彼が命拾いしたときの悲惨な経験を誰も信じなかった。 そこで推敲を重ねて単純明確かつ誰にもでもわかる言葉を作ろうとして生まれたのがGenocide。 ギリシャ語でGenoは民族・文明を意味し、Cideは死を表す接尾語。 第二次世界大戦が終わり、ようやく国連で認証された。 はたして、レムキンが生きてきた過程がなかったらこの言葉は生まれなかったのだろうか? マオリ族のハッキダンス。 よくニュージーランドのラグビーチームが試合前に踊る勇ましい踊りだ。 昨日見た映画は現代マオリ族家庭の崩壊を描いた生々しい暴力満載のものだった。 父親は無職・酒飲みで妻に暴力を振るう。 長男はマフィアに入り家に帰ってこない。 次男は窃盗で捕まり少年院に幽閉される。 そして13歳の長女は父方の伯父にレイプされ自殺する。 妻は途方に暮れながらもまだ幼少の三男・四男を育てていかなければならない。 まるで行き場のない暴力が内的に循環することで動いてる家庭だ。 しかし、長女の葬式で次男が少年院で覚えてきたハッキダンスを踊る。 溜まりきった怒りを天に雲散させるように。 最後のシーンは、酔い狂う父親に妻が離婚を宣告し、 子供を連れて生まれ育ったマオリのコミュニティーに戻る。 ハッキダンスを通じて民族の誇りを回復し、退廃から脱出する。 これは映画特有のあまりにも単純なプロットかもしれない。 しかし、それ以上に漫然と繰り返される暴力が悲惨すぎるので ハッキダンスというのがその吐け口として機能するのも納得してしまう。 さて、突然だが三角形を思い浮かべて欲しい。 その3つの角に文化表徴・経験・主観性があり、主体を形成しているとしよう。 ポストモダン批判が起こってから人類学は経験・主観の側面をないがしろにして メディア論やカルチャースタディーのように文化表象だけを取り扱うような傾向になってきた。 どれだけ実地調査をして「当事者の視点から研究」しようとしても他人の内面や、経験の影響など知りうるものではなく、 それは人類学者が勝手に作りあげた虚構だ、という批判に耐えられなくなってきたからだ。 そして、主体なぞは文化表象に支配されているのだから、文化表象だけ見て理論化すればいいという風潮になってきた。 もしくはそのような支配から逃れたり抵抗したりする点に重きを置いて主体関与(Agency)という言葉を作りあげたりしてきた。 そして、その根拠にフーコーやデ・サルトルなどのセクシーな学者に拠り所を求めてしまう。 しかし、上の2つの例のように、暴力などで生み出される体験や主観性が”余剰”を生み出すことがないだろうか? そしてそれが文化表象をも動かしていく可能性はないだろうか? 身体的存在とは外から内に支配されるだけのものではなく、内から外へと向かう原動力も兼ねそろえてないだろうか? このような主張はロマン的な個人主義として批判されるのだが、 フィールドワークという最も文脈に適した調査方法を用いる人類学がなぜ体験・主観性を捨ててしまう必要があるのだろうか? 文化表象論の嫌いな理由。 追記 慶応大学の渡辺靖という人類学教授がサントリー学芸術賞を取ったそうだ。 ボストン在住の上流階級ワプスとアイリッシュ系移民の家庭を比較しながら「American Family」について書いた民族誌。 じつはこの方、全く学歴が同じで上智からハーバードの人類学に来られた。 去年、ライシャワー研究所に客員教員として来ていたので挨拶したのだが、飲みの約束をしたまま実現せずに終わってしまった。 今は日本のメディアにおける反アメリカ主義を研究されているそうだ。 この人も文化表象に移ってしまったのか、と思うと少し悲しい。
by fumiwakamatsu
| 2004-11-10 08:49
| 文化人類学
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