特攻機の科学技術

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靖国神社の遊就館に行くと上の「ロケット特攻機」のモデルが展示されている。ミギミギしたイデ
オロギーが蠢く同館だけれども、この特攻機を見るだけでも行く価値はあると思う。これは、輸
送用の大型飛行機の下に取り付けられ、出撃時に取り外されるようになっている。そして後部に
あるジェットの勢いで敵艦目がけて突撃するわけである。たしかに当時のゴツゴツした他の飛行
機と比べると、綺麗な流線型をしている。しかし、予算の都合で量産されることはなく、数回だけ
使われて終戦を迎えたそうだ。

さて、なんでこんな飛行機マニアのような話をしているかというと、じつはこの特攻機を設計した
エンジニアが戦後にとある有名な乗り物を設計したからである。この空気抵抗を極力減らした流
線型の乗り物をどっかで見た事はないだろうか?

鋭い方はお気づきかもしれないが、新幹線である。そのエンジニアは三木忠直という人物で、戦
前は空軍の設計部に所属しており、戦後は新幹線計画のために国鉄の技術部に移った。新幹
線計画は戦前から「弾丸列車計画」としてすでに企画されていたのだが(英語で新幹線のことを
Bullet Trainというのはここからだ)、それを実現するだけの技術が無かったそうだ。そこで、空
気抵抗を減らすノウハウを知っていた三木が呼ばれたそうだ。

面白いのは、三木が初期に設計した新幹線のモデル。線路を使うのではなく、ただロープを張
り、そこに飛行機のような新幹線をぶら下げる、という案だったそうだ。そして先頭と後部にはプ
ロペラが付けられて風力で進む。車輪を使わない分、摩擦も減ってより早く走る。まさに飛行機
と列車の合体案だったそうだ。残念なことにこの案はコストがかかり実現しなかったそうだが、
新幹線の流線型は彼の案から発展したらしい。

戦時中の技術が戦後に意外な形で応用された例は他にも幾つかある。マシンガンの薬莢を自
動的に取り替える技術を転用して田植えのためのコンバインが発明されたり、戦時中に使われ
ていた無線技術をソニーの創始者が転用してラジオのトランジスターを作ったことなどがいい例
だ(ちなみに我が家の母方の祖父は、戦後になっても真空管を作る工場を経営していたそうで、
零落の憂き目をあったそうだ)。戦争と聞くとネガティブなイメージしか思い浮かばないけれども
技術発展という視点から考えると功績は大きい。

ちなみに、上の話はMITで科学史のポスドクをしていた日本人の研究者の講演で聞いたのだ
が、どうやらNHKのプロジェクトXで三木を取り上げた特集があったそうだ。たしかに好きそうだ
わな、こういう話。
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:58 | 文化人類学
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