労働を消費する

先日、日記で労働のカジュアル化を肯定するイデオロギーについて書いたけど、今日ある学会
で「なるほど」と納得する話を聞いた。しかもそれは学部時代の指導教官の発表だった。

彼は定時制の高校で英語教師をしながら労働者階級がどう再生産されるか調べていたのだ
が、今や彼の生徒達も三十路後半となり、高校卒業後の人生を追って研究を続けている。そし
て今日の発表のトピックは「正社員のフリーター化」というものだった。

バブル崩壊後の日本では新自由主義(組織の介入を入れず個人が市場を通じて自己の利益を
最大化すべきという思想)が浸透し、同時に雇用体系も年功序列や終身雇用など、会社が労働
者を守るような体裁を取らなくなった。このような経済構造の変化で、もちろん正社員として雇用
される数は減り、以前も述べたように契約社員やバイトが増えて行くわけなのだが、ではそこで
彼らを動機付けているのは何か?

そこで彼はリクルートなどの人材派遣会社がどのように派遣やバイトを宣伝しているか、その言
説を80年代後半から追っていき、そこに見られるのは「労働を消費する」イデオロギーだと言
う。つまり、あたかもお洒落な服を買って自分らしさをアピールするように、派遣やバイトなどを
商品のように消費するように労働を宣伝しているわけである。そこには正社員に付きまとう制度
的なめんどうさ(上司との付き合いや無償の残業)から自由になれる個人をアピールし、貧乏で
も夢を追うことが肯定される点が強調されている。もし職場が自分らしさを消してしまうようなら
ば辞めればいい、次の職場を探せばいい、と訴えることで、企業側からすれば常に安い賃金で
雇うことができる流動化した労働者が手に入る。そして、当たり前だが不可能な自己実現の夢
は年を取る度に消えて行くわけである。

労働を消費する商品とすることで正社員がフリーター化すると指摘した点は面白いが2つ疑問
が残った。一つは新自由主義が浸透する前に「一般職」という形で正社員でありながらも女性
が奉仕労働に取り込まれていた男女格差の連続性が蔑ろにされていた。もう一つは、広告の言
説だけでなく、底辺の正社員職と比べると給与や労働時間の面で実際に派遣やバイトの方が
条件がいいのでないか、という点だ。少し「新自由主義根悪説」に偏っていたのが残念だった。

しかし、希望や主体性という個人の尊敬の根幹となるものを社会構造に還元して考える癖は彼
に植えられたのだなと再確認した。
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:35 | 文化人類学
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