鳥葬

今日、ある方と食事をしながらインタビューをしていると、何故かその人がチベットを旅行したと
きに見た鳥葬の話になった。死んだ人物をぶつ切りにして、鷹に食わせて葬るというやつであ
る。

ある村から少し離れた山の中腹に1人の葬儀屋が住んでいるそうだ。死者の家族はそこまで死
体を持って行き、目の前で鉈でぶつ切りにされるという。そしてミンチのように砕けた肉を山の頂
きに置く。葬儀屋が空に向かって「ピューッ」と口笛で合図を送ると、どこからともなく鷹が舞い降
りて来て肉をついばむ。別に全ての肉を食いきるわけでなく、鷹の腹が膨れて飛び去ってしまっ
た時点で終了らしい。家族はその一部始終を見守るという。

その人は遠くから眺めていたものの、そのとき赤い派手なジャケットを着ていたせいで、鷹も警
戒していたのかなかなか降りてこなかったらしい。後で死者の家族から怒られたそうだ。

しかし、例え鳥葬すると輪廻から逃れることができるとは言え、今まで一緒にいた肉親がぶつ切
りにされ、鷹に食われるのを見届ける心境とはどんなものなんだろう。ぶつ切りになった時点で
モノとしてしか見えなくなるのだろうか?逆にそうすることで死の悲しみを乗り越えているのだろ
うか?
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:29 | 文化人類学
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