KOKOYAKYU

人類学を勉強している者なら誰でも見たことのある「トロブリアン・クリケット」というドキュメンタリ
ー映画がある。イギリスで始まったクリケットが、パプアニューギニアのトロブリアン島に伝わっ
た後、どのように変容して行ったかを追ったものだ。これが、本場のクリケットとは全く違ってい
てかなり笑える。

タロイモの収穫時期に合わせて、祭のような感じでトーナメント戦が開かれる。各氏族が一つの
村に集まり、戦闘用の羽飾りを纏って対戦していくんだが、これがなかなか進まない。まず試合
前に相手チームを威嚇する踊りが披露される。その中には、世界大戦中に駐留していたアメリ
カ軍の飛行機を真似て、手を水平に広げながら行進するようなものもあれば(おそらく彼らが見
たものの中で最も巨大で恐ろしいものだったのだろう)、いかに相手チームの男達がヤリチンか
罵るようなものもある。そして、試合が始まっても一球投げるごとに、守備チーム全員でボール
に魔術をかけたりする。審判がいないので乱闘はしょっちゅうだし、一試合終わるのに3日かか
ったりしてしまう。

たしかに、ここまでクリケットが変わってしまうのは、「原始人だから仕方ないよな」と思ってしま
うかもしれない。しかし、これと同じくらい笑いを誘ったドキュメンタリー映画をアメリカで見たこと
がある。それは、日本の甲子園を追ったもので、その名もズバリ、KOKOYAKYU。

機械のように足並みを揃える入場行進。チアリーダーが、何故か女の子ではなくて、鉢巻を締
めたいかつい男。皆揃って丸めた五分刈りの坊主頭。そしてあたかも人生が終わってしまった
ように泣き崩れる敗北者達。

これら一つ一つのシーンが、アメリカ人からすると奇妙かつ滑稽で爆笑を誘っていた。個人的に
は感動して涙を誘ってしまうようなものでも、たしかに、アメリカ人からすれば自分たちの知って
いる野球とはかけ離れているのだから、仕方がない。
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by fumiwakamatsu | 2007-12-10 16:17 | 文化人類学
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