Life as an Anthropologist

「結婚してから妻と共有できる問題もあれば、逆に新しく出てくる問題もあるんだよ」
と、神妙な顔つきでDが話し始めた。夕方、同期の皆で修士試験の勉強会を終え、2人で帰っているときだった。
「今晩何するの?」と何気なく聞いた返事がこれだったので驚いた。

Dはインドネシア人。同じ留学生ということもあり人類学部で一番仲のいい生徒だ。
見た目はとても若いのだけれどもすでに34歳。インドネシアの大学で講師をしていたのだが、一念発起でアメリカに渡って来た。
フルブライト奨学金で来ている彼はハーバードから奨学金をもらっている他の学生より受給額が少ない。
従って、去年1年は奥さんを祖国に残してきた。そして生活が安定し始めた今年から奥さんを呼び寄せた。

2人とも別れる場所にまで来たのだがもっと話をしたそうだったので彼の家の方角まで一緒に歩くことにした。
Dの抱えていた問題とは子供のことだった。結婚して9年になる彼は未だにコウノトリに嫌われているらしい。
「でもフィールドワークを終えてからじゃないと子育て大変じゃないの?」と聞くと、
「その時はもう俺は40近くになってるだろ?若いうちになんとかしないとさ」と溜息混じりに答えた。
Dはインドネシア人のディアスポラを研究しているので、これからサウジアラビアとインドネシアを行き来しながら実地調査を行う予定でいる。
まったくやっかいな研究課題を選んだもんだ。それで子供も育てるなんて、、、その苦労は図り知れない。
「なるほどな」と呟きながら20代前半で博士課程に来た自分の身を少し幸福だと思えた。

話しているうちに彼の家まで来てしまったのでお茶を頂くことになった。
家に入ると奥さんのEがシンガポール人の友達と仲良く話しをしていた。
英語がままならない彼女は家に引きこもりがちだったのだが、院生の「奥様友達」が増えて日常に活気が出てきたそうだ。
以前はサリーを纏ってはにかむ彼女をDが優しく見守るっていう感じだったけれども、最近は積極的に彼女から話しかけてくるようになった。
「あとはEに仕事が見つかればいいんだけどね」と、ヴェランダの椅子に腰掛けてDは言った。
託児所で働いていた彼女にいい職がないかDは必死に探し回っている。
ようやくインドネシア人が経営するレストランで空きが見つかったので、そこで働けないか打診している。

結局、夕食までお呼ばれすることになりEがミーゴレンを作ってくれた。
レッドソックスが優勝した夜の話題になり、2人が球場近くで見かけたどんちゃん騒ぎについて話していた。
「それでね、信じられない光景を目にしたのよ!」とEは手で顔を覆いながら恥かしそうに話だした。
「人だかりができてるから見に行ったら、女の子が上半身素っ裸で男に触られてたの!」
と、服を脱ぐ真似をして話していた。
どうやら泥酔した女の子が群がる男達にサービスしてあげてたそうだ。
敬虔なイスラム教徒である彼女にはさぞかしカルチャーショックだったろう。
話の内容よりもEの話し方のほうが面白かった。

Dは銀行に寄る用事があったので帰り道を同伴してくれた。
別れる間際に、「もし赤ちゃんができたら同期の皆で交代しながらベビーシッターしてやるさ」と声をかけるとDは照れたように笑っていた。
人類学者として生きていくには一体どれほどの犠牲を払う必要があるんだろう。
そう考えながら、満月の夜空の下家路を急いだ。




おまけ

※音楽が始まるまでしばらくお待ち下さい。
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by fumiwakamatsu | 2004-10-30 12:18 | 雑記
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