健康は金で買うものか

メキシコ系アメリカ人の友人Eは移動労働者という典型的な貧困家庭で育った。彼の父親は、
夏になるとカリフォルニアの農園で出稼ぎし、冬はメキシコ国境近くの街で大工をするという繰
り返しだったそうだ。Eは、そのような生活でも、マイノリティーのための奨学金で学費免除を受
け、ハーバードまで辿り着き、見事なサクセスストーリーを築きあげた。彼は、季節労働者のた
めに戦ったメキシコ系アメリカ人のリーダーのバッジを自分のカバンにいつも付けており、被差
別者の苦難を忘れないようにしている。

そんなEを、ある日飲みに誘ったところ、「今日はジムに行くから無理だ」と言う。無料で使える
大学のジムかと思ったら、わざわざ高い金を払って民営のジムに通っているそうだ。彼は人一
倍健康に気を遣っており、炭酸飲料も飲まなければ、タバコも吸わない。自分とは真逆の彼に
対して、「お前なんだか白人みたいになってきたなあ?そんな白人中産階級的な消費生活を
送っていると、しまいに肌も白くなるんじゃねえ?」と揶揄すると、Eは「何言ってんだ!心はメキ
シカンなままだよ!」と必死に否定していた。そう否定されても、階級を一段上がってしまえば彼
の健康意識も「白く」なるんだな、と自分は思っていた。

ボストンに住んでいて異質に感じたのは、健康は個人の責任で守る、という考え方だった。うち
の大学では、ことに嫌煙、菜食主義、ジム通い、という傾向が強く、健康意識の高い学生が多
い。喫煙家の自分に対して、よく周りの友人が将来のリスクについて諭してくれたのだが、いつ
も自分は、喫煙率が高く、菜食主義者やジムに行く人間など一握りしかいないのに、日本の平
均寿命は世界一だ、と言い返していた。

別にタバコや運動不足のリスクを否定するわけではない。でも、おそらく日本が平均寿命の一
位を保てている理由は、医療保険が国民全員に保障されているからだと思う。その制度の基に
なるのは、健康は個人で守るというよりも、万人に与えられるべき普通の権利だという考えなの
じゃないだろうか。逆に、アメリカでは、会社や大学の医療保険が無ければ、そう簡単に診察に
も行けず、貧困者は制度的に排除されることになる。富裕者は、有機野菜を買ったり、高いジム
に通うことで、個人の健康に投資し、医療保険の普遍化など考えなくなるんじゃないだろうか。

こういう理由で、Eが必死に健康を保とうとしている姿に一抹の寂しさを覚えてしまった。マイケ
ル・ムーアがアメリカの医療制度を批判した映画を新たに作ったそうだが、逆に、なぜ今までそ
れが問題にならなかったのだろう、と考えさせられてしまう。
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by fumiwakamatsu | 2007-08-30 02:29 | 雑記
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