Post Modern Missionary: Travelling without Moving

宣教と言うと、個人的にはどうしてもフランスシコ・ザビエルの姿が思い浮かぶ。
二度と祖国に戻って来れるかもわからず、異国の地に骨を埋める覚悟で布教に
命を捧げる。キリスト教が根付く為に現地の言葉を習得し、自給自足の生活を
送り、果ては人気の代価に弾圧されるのも恐れず長く渋とく滞在するのが普通
だと思っていた。そこまで長居するのは宣教師と人類学者くらいだろう、と。

しかし、宣教のスタイルも現在では大きく異なるようだ。

ボストンで知り合いになったクリスチャンの友人が夏に短期で行ける宣教の場所をネットで
探していた。そのサイトを見せてもらうと、どこかで見たことのあるような錯覚に
陥った。昔、一度やろうか考えていた「青年海外協力隊」のサイトにそっくりだった
のだ。どの国でどのような慈善事業があるか、期間と活動が明記されてあった。
しかし、1つ異なるのは宣教に行くのにいくら必要か、その費用も書かれている点で
ある。短いもので、2週間、長いものであれば2年ほどの期間で様々な宣教活動が
載せられていた。これらの費用は教会の他の信者からの寄付で賄うようである。

その友人は、前の夏に参加したラオスでの短期の宣教を写真付きで説明してくれた。
まず最初にアメリカのどこかで研修を受けた後、バンコクの宣教用宿泊所のような場所に
入る。写真で見る限り、そこは中級ホテルのように清潔で綺麗なところで、昔、自分
が泊まったカオサン通りの安宿とは大違いだった。それから7人くらいの
グループでタイ北部のラオス国境へと移動。どうやらガイドも付き、3日間
歩きながら目標のモン族の村まで向かったそうだ。当村では一泊だけ村人の
家で泊まらせてもらい、その後は同じようにトレッキングと自動車でラオスの
都市部に行き、観光。全部で2週間ほどの宣教だったそうである。

宣教ということなので、「実際、村で布教活動をしたの?」と聞くと、別に
1日だけだったのでそんなことはなかったらしい。「では、将来、この村に
教会でも立てる予定があって、下見調査のようなものなの?」と聞くと、
その予定はないらしい。「じゃあ、何しに行ったの?」と聞くと、子供達と
触れ合い、貧困に喘ぐ彼らの生活をアメリカに伝えることが目的なのだそうだ。
たしかに写真の中にはボロを着た子供達とゲームをして遊ぶ姿があった。
もちろん、全ての旅費は友人の教会仲間からのカンパで捻出したそうだ。

説明を聞いているうちに唖然としてしまった。しかし、おそらく最も驚いていた
のは、モン族の村人達だったのじゃないだろうか。「一体この人達は何しに来たの
だろう?客人なからにはもったいないけど鶏の一匹でも殺してもてなさねば」という
心境だったのではないだろか。ひょっとすると受け入れてくれた村人達にはお礼が
支払われていたのかもしれない。友人の説明を聞きながら、自分も昔ネパールを
旅行したときのことを思い出した。道ばたを歩いていると5歳くらいの子供達3人が
自分の手をつないで無邪気に英語で語りかけてきた。日が暮れるまで一緒に手を
つないで楽しく歩いていた。すると、「もう日が暮れて家に帰るからお金ちょうだい」と
言われ、面食らったことがある。モン族の人達はあの子供達と同じ状況だったのだろうか。

友人曰く、同じグループにはアメリカ南部から来た白人の女性がいたらしい。
トレッキングのときは毎食米ばかり食わされ、食べ慣れていないのでとうとうぶち切れた
そうだ。「もう1生分の米を食べたわ」と言ったあと、彼女は一切食事を取らなくなって
しまったそうだ。友人は彼女の非礼な態度には我慢ならなかったらしい。

おそらく、この2週間の宣教プログラムというのは、行く前も行った後も「モン族の
村人達は貧困に喘ぎ、神の救いが必要な迷える子羊でした」という前提と結論を
再生産するような装置だったのだろう。ポストモダン的な脱領域化とは物理的移動と
精神的変化が必ずしも一致するものではない。
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by fumiwakamatsu | 2007-03-15 00:26 | 文化人類学
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