近代の狭間で

アミタヴ・ゴッシュという人類学者になるのを止めて小説を書き出したインド人の作家がいる。
彼の代表的な作品が「In an Antique Land」。この物語は実際彼が行ったエジプトでの
フィールドワークの経験と17世紀にポルトガル商人に奴隷として雇われたインド人の歴史を
追う2つの全く文脈の異なる粗筋から成り立っている。

さて、彼がエジプトのとある村でフィールドワークをしていたときの話。人類学者というと普通は
白人であるが、ゴッシュはインド人であったため、村人達は逆にインドについて興味を示し、
色んな質問を投げかけて行く。「インド人は豚を食べるくせに牛は食べないって本当か?
なんで牛を神様のように扱うの?」という具合に。いつも質問攻めで思うように調査は進まず、
彼はストレスを溜めて行く。

その村の中で、彼は感じの悪いムスリムの聖職者と出会うことになる。その老人は初対面の
ときからヒンドュー教徒である彼を見下し、無礼な扱いをしていた。そして、ある日、別の
知り合いに会うために村のモスクの入り口で礼拝が終わるのを待っていたところ、彼は再度
この老人と出くわす。知り合いと会話しているにも関わらず、老人はわざと聞こえるように周り
の村人に「あのインド人は牛を信仰しているんだ」と悪口を言いふらす。

頭に来たゴッシュはとうとう老人と口論になる。

「私はたしかにヒンドュー教徒だが、これでもオックスフォードで教育を受けてここに
調査に来ているんだ。」

「ふん、だから何じゃ。どんな教育を受けようと牛を崇拝して豚を食べるなんて
野蛮な証じゃあないか。」

「宗教は違えど、インドはエジプトよりかも近代化している。あんたが知らないだけだ。」

「近代化じゃと?インドにもエジプトのように大きなダムや強い軍隊があるとでも言うのかね?」

「インドは核兵器を持てるほど近代化してるんだ!エジプトなんて核兵器すら作れない
未開な国じゃないか!」

こう言ってしまった後でゴッシュは我に返る。核兵器という最も野蛮で恐ろしい近代の負の遺産
を自慢して、どれだけ自国が近代化しているか誇ってしまうとは。そして、長くに渡りイギリス
の植民地であった2国の人間同士が、なぜ相手がどれだけ野蛮か競い合って証明しようとす
るのか、と。

おそらくゴッシュはこの体験があったからこそ人類学者ではなく作家の道を選んだのではないかと思う。
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by fumiwakamatsu | 2007-03-04 22:56 | 文化人類学
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