パチンコと研究

来週、ある研究会で発表することになっているのだが、全く何も構想が立っていない。
だが、漠然と考えていることを比喩で喩えるならパチンコである。パチンコというのは、
飛ばした玉を、板に空けられた穴の中に入れればさらに多くの玉が見返りとして戻り、
換金出来る。そして、どの穴にも入らないまま玉が下に落ちると何の見返りもない。
パチンコは一度しかしたことないので、詳しくしらないけど、これが基本的なルールだと思う。

自分の研究と重ねるとこうなる。あるグループは、穴が幾つもあるパチンコ台を自ら作り
出した。しかし、パチンコをしているうちに玉もどんどん減って行き、別にもう手持ちの玉を
増やして換金する必要もなくなったので、パチンコ台の穴を全て閉じようと言い出す。玉は
少ないながらもひたすら打上がりただ下に落ちて行くだけとなる。が、後からこのパチンコに
参加してきたグループがある。そのグループは手持ちの玉を増やして換金したいので、穴を
塞ごうとするのを止めようとする。むしろ自ら穴を作り出してより多くの玉が入るようにしたい。
しかし、パチンコ台を作ったのはそもそも最初のグループである。だから最初のグループに
習ってパチンコがどういう仕組みで成り立っており、どうすれば穴が空くのかを知らなければ
いけない。従って、その知識を取り入れながらも、なぜ穴を増やそうとするのか、なぜ
穴を空けるのが正しいことなのか必死になって相手のグループと、同グループ内のメン
バーに説得して行かなければならない。そしてパチンコ台の知識をほぼ吸収し終えた今で
は、反発はあるものの、かろうじで1つの穴を塞がずに保っているという状況になっている。

こんな感じのことを120年もの歴史を遡りながら話そうと思う。先攻研究では、パチンコ台を
作った側が鶴の一声で穴を塞げと言えばそれで塞がり、もっとパチンコをしていたいながらも
パチンコ台の知識のない人は黙っちまう、というものがほとんどである。しかし、自分の研究は
必死になって穴に入れたり、穴を作ろうとしている人達の物語になる。どうすれば玉が効率よく
穴に入るか、どうすれば玉の換金率が変わるか、どうすれば穴を作れるか、新たに穴を作る
にはどんな穴がいいか、そんな感じだ。しかし、そもそもこの物語自体がどんな人類学的な
意義があるのかまだわからない。今の所は「換骨奪胎的流用による抵抗」だとか「戦略」など
の月並みな表現で収まってしまいそうで情けなくなる。そんな月並みな表現に頼らずにもっと
面白くしたい。面白くするにはどこに焦点絞って、どう新たにフレーミングすればいいですかね、
ということを研究会に来る人達に聞いてみたい。
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by fumiwakamatsu | 2007-02-18 19:02 | 文化人類学
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