酔っぱらいの戯れ言

今日は大学時代の親友Dと彼のお父さん、彼女と一緒に飲んできました。Dは日系ブラジル
人。大学では同じ寮に住み、同じ学部に通い辛苦を供にした友人です。しかし、そんな身近な
存在であるDだからこそ彼にまつわる人々とは意外なところで共通点があることが判明しました。

Dの父方のお祖父さんは、今自分の研究に最も興味のある会社の社長をしていました。その
会社で働いていた社員の人達とインタビューする機会が多く、Dのお祖父さんの話をふると親
近感を持って話をしてもらえます。

Dがアメリカの大学に留学していた頃、同じ大学にいた前の彼女と一度会ったことがあるそうで
す。しかも前の彼女はDのことをかなり気にいってたらしく、Dの住んでいた寮の部屋にDを見
学しに行っていたらしいです。

Dの彼女は香港に在住していたのですが、そのとき前の前の彼女と同じ小学校に通い、しか
も同じマンションに住んでいてよく一緒に遊んでいたそうです。香港在住の話を聞いて、前の
前の彼女の名前を告げると「え、その子からよくマンガ借りて読んでたよ!」との返事が来ました。

何なんでしょう、この広いようで狭い世間は。思うに多国間に広がって人間関係を築いて行け
ば行くほど、ようは似た社会的ステータスを持った者同士で繋がっていくものなのです。恋愛
関係など特にそうです。恋愛こそ個人の自由意志の表れだと勘違いしてるかもしれません
が、多種多様な人々と会えば会うほど、共通項のある人じゃないと付きあっていけないものな
んでしょう。情報、モノ、人、金がボーダレスに動くというグローバル社会等と言われてます
が、そんな時代だからこそ身近な関係を辿って行くと広がりの中に閉ざされたディープな世界
を発見できるわけですな。

だからこそ人類学者はこんな時代にkinshipを研究する意義があるわけなんですよ。

あー、しかし最後に飲んだハブ酒のせいでかなり酔っぱらってます。Dの彼女可愛かったなー。
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by fumiwakamatsu | 2006-11-19 00:48 | 文化人類学
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