文化を否定しながら文化を定義する

一昨年、バイロン・グッド先生のTheories of Subjectivitiesという授業を取っていたとき、
彼が昔シカゴ大で取っていたクリフォード・ギアツの授業の話をしておりました。毎週の課題は
10冊以上。しかも、その中には人類学者が書いた民族誌はほとんどなく哲学、心理学、文学
の非常に難解な文献ばかり課題にしていたそうです。もちろんギアツ自身も生徒が読み切れ
ないことは承知していたのですが、それでも課さずにはいられない熱意があったそうです。
授業で議論することができなかった分は、補習として皆で週末にギアツの家に集まり、夜遅く
まで延々と議論していたそうです。千尋の谷に落として這い上がって来た生徒は情熱を持って
手厚く教訓を授ける、そんなシカゴ大のスタイルをギアツが踏襲していたからこそ、彼の弟子
の多くが今も第一線で活躍しているのでしょう。グッド先生は、当時、同じ時期にシカゴ大に
いたデービッド・シュナイダーのこととなると、「That son of a bitch,,」と昔のトラウマが蘇り、
顔を赤くして腸を煮えくり返しながら語っていましたが(シュナイダーは相当の変人だった
そうです)、ギアツのこととなるといつも優しいおじさんについて思い出すように語ってました。

「クリフ(ギアツのあだ名)は、いつも膨大な書物を読みながら文化を定義することに抵抗して
まして。そして、抵抗していった暁にどのような定義が出来るのか結論を探っていました。」

こうグッド先生は仰っていました。そして、その果てに「私たち人間は、自らが紡ぎ出した意味
の網の目に絡み取られた存在である」という周知の文化概念を提唱したわけです。長年の
フィールドワークの経験と膨大な文献を読み、否定しながらこそ出て来たこの文化概念。
同じくシカゴ大で教育を受けたケイトン先生が「ギアツのように幾つもの場所でフィールド
ワークをしていた人類学者ならわかるが、私の年代で、オセアニアのわけもわからん小さな
島でフィールドワークをしていただけなのに、年を食ったからって文化やら倫理やら道徳など
を語りだす輩が多くてかなわん」と語っていたのも納得です。

昨年、彼の弟子達がまとめた「Clifford Geertz by his Colleagues」という本が出版され
ました。おそらくその最後の章が彼が出版した最後の論文だと思うのですが、何と言うか、
「赤子の手をひねる仙人」のような達観した存在で書いていました。彼独特の文法の限界に
挑戦するような書き方は健在で、しかも、所々声を出して笑ってしまうユーモアたっぷりの
論文でした。「私が書いてきたものの中には『文化システムとしての宗教』、
『文化システムとしての政治』、『文化システムとしての経済』等がありましたが、いっそのこと
『文化システムとしての私の人生』という本も書いてやろうかと思いましたよ」というくだりや、
同じインドネシアでフィールドワークをした弟子に対して「よくそんなことをしてくれたな。私が
嘘を書いてたってばれたらどうしてくれるんだ!」というコメントなど読みながら図書館で
笑っていたのを覚えています。上のグッド先生も1章寄稿していて、同じようにギアツの家で
議論をしていた話を述べていたのですが、そのことに関しては「残念ながらそんなことが
あったとは何も覚えとらんのだよ」と書いて終わってました。まるで合気道の師範のようです。

先日、自分の指導教官の築地に関する民族誌が翻訳されることになり、その校正を手伝って
いたのですが、ギアツの論文を引用した一語で、どうしてもいい訳が見つからず困ったことが
ありました。指導教官からその語の意味を説明されるも、自分の貧弱な語彙力では到底訳す
ことができず、結局、ギアツの著書を多く翻訳されている大阪大学の小泉教授に翻訳を頼む
こととなりました。そこで提示されたのが正に適訳で、ギアツの言い得て妙な隠喩的表現の
奥深さを知り、また、彼の難解な文章を訳してこられた小泉教授に感動しました。

今となって唯一悔やまれるのは、大学院1年のときにMITで開かれたシンポジウムでギアツが
来ていたにも関わらず、授業をさぼってまでして行かなかったことです。それに出ていた
ルームメイトの話によると、彼はどう批判されてもニコニコしているだけで何も話さず、会が
終わった後には、頼んで来た院生の女の子達と一緒に写真を撮っていただけだそうです。
例え人類学理論の必修の授業でもさぼって出て行くべきだったと悔やんでおります。

何か長々と取り留め無くなってしまいましたが、会ってはいないもののギアツに関する個人的
なエピソードを羅列してみました。一昨日ギアツが亡くなり、頭に思い浮かんだことを次から
次へと書いていくとこうなりました。奇しくも彼の葬式が自分の誕生日と同じ日に行われる
そうです。指導教官が明日より日本に来る予定だったのですが、おそらく葬式に出るために
予定をキャンセルしたかもしれません。正確には覚えていませんが、彼の「反=反相対主義」
という論文で出て来た1つのフレーズを個人的にずっと座右の銘にしたいと思います。

「人類学者は常にお茶の間のテーブルクロスをひっくり返してきたし、今後もひっくり返すでしょう。」
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by fumiwakamatsu | 2006-11-02 00:57 | 文化人類学
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