矛盾の歴史、歴史の矛盾

以前読んだ論文で、あるユダヤ系ドイツ人の農薬学者の話がありました。

時は20世紀初頭、その頃ドイツでは「外来種」の虫がドイツの農地を荒らしておりました。
それは「ジャガイモ虫」と言って、当時アメリカから盛んに輸入されていたポテトに紛れ
入って来た害虫でした。それがドイツのポテト畑を襲い、被害は甚だしかったそうです。
ジャガイモ虫はドイツでそれまで使われていた農薬では死なず、政府も躍起になって
この外から入って来た「侵入者」を駆除するための農薬開発に力を挙げたのです。

そこで国内の農業研究所で所長の役にいたあるユダヤ系の科学者がこの虫の駆除に
名乗りを挙げました。彼は農薬の毒素を強めることを最初に考えました。しかし、彼の
考えたスプレー型の農薬では空中に飛散してしまい、またジャガイモ虫は弱まっても
しぶとく別の場所に逃げる忍耐力を持っていたのです。それでもなんとか即死させる
方法はないか、と彼は考えを練っていたました。そこで思い着いたのが、大きな密封性の
袋を農地に被せて、その中に揮発性の農薬をまくという方法でした。この新薬の効果は
抜群で、ジャガイモ虫を一掃させた後、シラミの駆除にも使われるようになりました。この
学者は「外来種の侵入者」を駆逐した英雄として新聞でも取り上げられたのです。

その後、ドイツではヒトラーが政権を握り、ユダヤ人への迫害が始まりました。当然、
このユダヤ系科学者も職を追われ、その後彼が亡命したのか、そのまま強制収容所に
入れられたのかは不明のままです。しかし、彼の残した業績はまた別の利用法を見いだし
ました。

ガス室によるユダヤ人大量虐殺には、彼の発明したクロチンBと「密封」という考えが使われたのです。

(ちなみにこの論文を書いたのはドイツ人の科学史家でした。)
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by fumiwakamatsu | 2006-10-27 00:03 | 文化人類学
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