退屈の人類学

去年の11月、アメリカ人類学会に行ったとき、最もよく聞いた言葉が「希望の人類学」だった。
これはコーネル大学で教えている宮崎さんという日本人の人類学者が提唱し出した言葉
なのだが、自分の出席したパネルのうち少なくとも5回はこの言葉を耳にした。まだこの人の
著作は読みかけなので何とも言えないのだけれども、閉塞感漂うこの学問分野にとってとても
響きのいい分析概念だと思う。「同じように何かいいキャッチフレーズないかね?」と学部の
友人達と話していたところ「退屈の人類学(Anthropology of Boredom)なんてどう?」という
話題になった。一体これはどの社会でも普遍的に見いだせる状態なのか?と話が盛り上がった。

退屈

1 することがなくて、時間をもてあますこと。また、そのさま。
2 飽き飽きして嫌けがさすこと。また、そのさま。
3 疲れて嫌になること。
4 困難にぶつかってしりごみすること

ヤフーで調べた意味は上の通り。面白いのは、退屈といのは「意義あるべき行為が
なくなったとき」、という対称性でしか捉えれないことだと思う。つまり、退屈だと感じるため
には、その前提として意義あることをしなければいけない、という道徳観がないといけない。

(と、ここまで考えてみたものの少し複雑になりそうなのでまた続きはいずれ書きます。)
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by fumiwakamatsu | 2006-04-10 13:04 | 文化人類学
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