与えられた名前を途中で変えるというのはどういう心境なんだろう。
名前っていうのは影のように嫌でも一生付き纏うものだと思っていた。 確かに本人の自由かもしれないけれども、名前を変えられると周りは非常に面倒くさい。 日本人には習慣がないけれども、台湾や香港から来た留学生はたいてい英語名を持っている。 いつ頃から英語名を使い出したのか聞いてみると、中学のときの英語の授業で皆英語名をつけて会話を練習するそうだ。 英語圏に来ると中国語の名前は四音が発問されずに同じように聞こえるので(チェンとかチャンとか)、 たしかに英語名を持っているほうが覚えられやすいだろう。 去年の夏休み、留学生用の英語研修を受けていたとき「David」と名乗る台湾人の学生と知り合った。 一ヶ月後、研修が終わりに近づいたとき彼はいきなり「俺は今日からJoeにする」と宣言した。 というのも、彼の所属する研究室にはあまりにもDavidという名前のユダヤ系の生徒が多いことが判明したので、 混乱を避けるために「Joe」に変えたそうだ。 しかし、彼の元の中国名が「Chou」だったので、同じ研修を受けていた中国仲間からは、 「それなら元のChouに戻せばいいじゃないか?」と反論されていた。 それからが、ややこしくなった。 彼に気遣ってJoeと呼んでやる優しい人もいれば、面倒なのでChouと呼び出す中国人もいおり、 どうしても最初の印象が強くてついDavidと呼んでしまう人(自分)もいた。 3つの名前に反応する彼もさぞかし大変だっただろう。 幸い自分はどの英語圏の国に住んでも”フミタカ”を省略して”Fumi”で通している。 しかし、一度アメリカ人の友達に女っぽい名前だと言われたので、新たに英語名を作ろうかと考えたことがある。 マイクやジョージみたいなありふれた名前は嫌だったので、色々と考えたのだが、やはり聖書から名前を選ぶ習慣だとパターンが少ない。 ならいっそのこと英語名じゃなくてもいいや、と開き直り色々候補を挙げてみた。 セバスチャン ワカマツ (フランス語) ゴンザレス ワカマツ (スペイン語) エンリケ ワカマツ (ポルトガル語) カール ワカマツ (ドイツ語) ポチョムキン ワカマツ (ロシア語) どれも毛深そうな男を想い浮かべてしまう名前ばっかだ。 しかも、こんな名前で日本人に紹介されたら”駆け出しのAV男優”みたいに思われそうで嫌だ(特にポチョムキン)。 というわけで、結局Fumiで通している。 せっかく親がつけてくれた名前なんだから、変えないほうがいいだろう。 ちなみに、”文貴”という名前は、小説家を断念した父親が、文才のある子供に育つように、という願いでつけたそうだ。 名実ともにそうなれればいいんだが。
by fumiwakamatsu
| 2004-09-28 11:41
| 雑記
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