ほんとそうなんですよ

  「日本は人類学の研究対象・課題の中で”二級品”として考えられており、日本を対象とする
人類学は”特権的な人類学の地域”から外れた形で論題を発展させてきた。(この後、著者は
日本という地域が人類学の中で特殊な位置を占めた理由として、日本研究の人類学が戦後の
占領政策の一環として始まり、文化と国家が常に同一的に捉えられてきた点や、他の多くの
非西洋国のように植民地されなかった歴史的過程を挙げている。)」
  
  「例えば、アメリカ内の有名な人類学部の中には、日本以外の地域を専門とし、人類学の
トレーニングすらも受けていない教授がいる学部かあるが、日本を専門とする人類学者は
例え人類学一般に関する授業を教えたり、地域特化コースに加えて人類学入門コースを
教えることができても、教授職にありつくのは非常に難しい。私が思うに、インドやアフリカ
の人類学、つまり”一般的”とされる人類学に対して、日本を対象とする人類学は特殊な
ものになっている。従って、人類学人類学一般の中での日本の位置づけはどうしても価値
の低いものとされている。

  このような周辺化が起こってしまったのは、(ただ単に日本という地域が)一方通行的に周辺化
されたわけではなく、日本を専門とする人類学者達が日本人の文化的特殊性を他の世界と
極度に対比させて強調してきた、という双方向的な過程があったからである。」

Sonia Ryang, Japan and National Anthropology: A Critique, p2-3, p203

日本人だからという理由で、もしくは自分のように他の国の言語を学んで一から研究課題を
探す暇と労力が今はない(英語で論文を書くのに時間がかかるので)という理由で、日本を
研究対象地域として選んでしまうと、上に述べてあるように痛い目に合う。アメリカの大学内
では、絶望的と言っていいほど日本研究者に対して雇用がない。日本の雇用状況は詳しく
知らないけれども、アメリカより酷いんじゃないだろうか。問題は、日本研究をしながらも、
いかに日本研究者でないジェネラリストの人類学者になれるか、ということだ。
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by fumiwakamatsu | 2005-09-12 14:57 | 文化人類学
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