真剣だからこそ面白い

私、コメディータッチのドキュメンタリーが大好きです。
フィクションとして作り出された笑いよりかは、出演者が皆素人で
何かに対して夢中になっているからこそおかしくなる笑いが好きです。

悲しいことにアメリカではそのような良質な映画が結構あるのですが、
やはり笑いのツボが違うせいか、なかなか日本に入ってきません。
入ってくるのはせいぜいマイケル・ムーアの映画くらいでしょうか。

少し話題はそれますが、海外に住んだことのある人ならば、なんで
周りの人達が笑っているのかわからず、ただ同じように作り笑いを
浮かべるよう努力して、顔が疲れてしまう経験をしたことがあると思います。

笑いのツボほど文化的に構築されたものはないでしょう。
と、いうのも笑いというのは見ている側の人達が当たり前に備えている常識から
どれだけ意外性を持って逸脱した表現を出せるかに、かかっているからだと思います。

例えば、私の尊敬する故・中島らも氏のある小説の中で、主人公が日本に
侵入してきた北朝鮮の工作員に追い詰められる状況を空想するシーンがあります。
命からがら逃げるも、とうとう袋小路に迷い込み、工作員は主人公に向かいこう叫びます。

「手をあげろ!さもないと子供を産むぞ!」

おそらくスパイマニュアルで間違った日本語を習ったのだろう、というオチなのですが、
これは「手をあげろ!」の後にどんな言葉が続くか普通の読者なら知っているからこそ
その意外性に笑えてしまうのです。つまり、笑わせる側と笑う側が共有する常識がある
からこそ、笑いが成立するのであり、逆に「何故おもしろいか」という説明をつけなければ
ばらない度合いが高まるにつれて笑えなくなってしまいます。

さて、話を元に戻します。

なぜコメディータッチのドキュメンタリーが好きかと言うと、それは出演者も同じ素人なため、
「何故おもしろいか」説明をしている度合いが極度に少なく、アメリカ人と同じ常識さえ持って
いれば爆発的に笑うことができるからです。逆にエディー・マーフィーが出てくるような
日本でも馴染み深いコメディーだと「何故おもしろいか」を説明している度合いが高すぎて、
それほど笑えません。

こう書くとアメリカ通なのを自慢しているようjに聞こえるかもしれませんが、これは実際に
アメリカ人と一緒に映画館の雰囲気を共有しながらでしかわからない笑いがコメディータッチの
ドキュメンタリーには多々あるからです。笑うまでにはそれなりの訓練が必要になります。
逆の例を挙げると、「さんまのカラクリTV」の「御長寿早押しクイズ」を、外国の人が
どれだけ日本語を知っていても何が面白いのかさっぱりわからないのと同じです。

5年前にカナダに留学していたとき、Best in Showという映画をルームメイト達と見て
腹がよじれるほど笑いました。しかし、帰国してから日本人の友人数人と一緒に吹き替え版
を見に行ったのですが、誰も笑うことなく「犬がかわいかった」「金返せ」などの感想しか出てきませんでした。
実際にはカナダでその年の最優秀コメディー賞を獲得したほどの映画だったんですけれども。

なぜこんなことを長々と書いているかというと、今日見たGrizzly Manという、アラスカで13年間にも渡り、
野生のグリズリーを撮影し、最後は襲われて死んでしまった男のドキュメンタリーが最高に笑えたからです。
あとMad Hot BallroomというNYの小学校間で競われるダンス大会を追ったドキュメンタリーも腹よじれるほど笑えます。
アメリカにおられる方は是非見に行って下さい。本当、酸欠になりますから。
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by fumiwakamatsu | 2005-09-02 15:10 | 文化人類学
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