問題は「旨み」をどう翻訳するか

今日は晩飯にルームメイト達と近所の寿司屋に行ってきた。
3人ともヨルダン、ロシア、日本より帰ってきたばかりなので、
夏の報告会でもしよう、という趣旨だった。

寿司をほお張りながら担当教官と一緒に築地に行ったときの話をした。

あるマグロの仲買人の方より話を聞いたところ、アメリカでは「トロの逆輸入」が盛んだそうだ。
どういうことかと言うと、ニューイングランド地方から築地に出荷されたマグロを、目利きの腕を
磨いた日本人の仲買人が選び取る。そして、ニューヨークにある高級寿司屋が最も良質なトロ
をその仲買人より仕入れ、銀座の高級寿司屋よりも破格な値段で売っているということだった。
つまり、築地の仲買人という価値基準に精通した人を通じて買わないと、例えアメリカで獲れた
マグロであっても、NYの寿司屋はどのトロが最も良質なもなのか決定できない、ということだ。

そこから話を少し飛躍させて次のようなことをルームメイト達に言ってみた。

「例えば日本語でしか表現できないトロの美味しさを示す言葉があるとしよう。その言葉を
使って築地の仲買人達は微妙な味の区別をしているのに、もし日本語のわからないアメリカ人
がトロを食べたところで同じような味の区別ができるだろうか?いや、ひょっとして同じ味覚の
区別ができても表現ができないだけなのかもしれない。しかし、そのような曖昧に区別された
味の良さのために馬鹿みたいに高い金を払おうとするだろうか?

俺はワインの味についてはさっぱりわからない。例えば、もしフランス人のソムリエが
『まるで秋の森の小道を歩く少女の靴の裏についた一切れの落ち葉のように、
しめやかで麗しい香りが漂うワインがこちらでございます』と言って高額なワインを勧めて
来たとしよう。いくら俺が金持ちだったとしても、ワインなんて安いのも高いのも同じ味しか
しないので、絶対買おうなんてしない。フランス人の客にとってはソムリエの詩的な説明の
仕方がはっきりと味の区別を表しているとしても、俺の味覚にとっては関係ないからだ。」

酒が入っていたのでこんなにちゃんと話してたか疑わしいが、その後、テーブルに
運ばれてきた3つのウニを指さして話を続けた。

「A(ロシア人のルームメイト)はウニを食べるの初めてだろう?そして、M(ヴェトナム系
アメリカ人のルームメイト)は何回か食べたことがあって美味いと思ってるんだろう?
実際にはないんだが、ウニの美味さを特別に表す日本語の言葉を俺が知っていて、それが
英語に翻訳できないとしよう。もし、今から一斉に3人でこれらのウニを食べたとして、果たして
俺達は同じ味を実感していると言えるだろうか?まあ、試しに食ってみようじゃないか」

Aは正直にまずいと言い、Mは美味いと言い、自分はAに向かって
「この美味しさがわからんと人生半分損するぜ」と酔っ払いながら説教していた。

そこで、Mが次のように話し出した。

「フミの言っていることはわかる。味覚なんていい加減なものだからな。たしか、味覚って
5つの区別しかないんじゃなかったっけ?甘さ、辛さ、苦さ、酸っぱさ、そして、あと1つなんて
言ったかな?外国語なんだよな、、、えーっと、あ、思い出した!Umamiだ!」

「え、今最後のやつなんて言った?」

「Umamiって言ったんだけど、、」

「そう、それなんだよ!Umamiって日本語だぜ。その旨みてどんな味がするように教わった?」

「いや、どんな意味だったか忘れてしまった。こういうのって小さい頃から
Umamiっていう言葉を使って育てられないとわからないもんなんだろうね。」

「俺もだいたい旨みって味がどんなのかわかるけど、それをどう英語で表現したらいいのか
さっぱりわからんのよねぇ。人類学者ならそれができないといけないのだけれども、、、、」

知覚の積み重ねから言葉で表される概念(もしくは記号間の差異より生ずる価値)が生まれるのか、
言語化された概念が先にあるから知覚が可能になるのか?また、異なる言語間だと概念の体系化のされ方
が変わってくるはずであり、そのときにはどこまで同じ知覚が経験されると言えるのだろうか?

味覚のように、区別する仕方が非常に曖昧になってしまう科学について今あれこれと考えて
いるので、寿司を食うだけでもこんなに長たらしい話をしてしまう。それにちゃんと耳を傾けて
くれるルームメイト達に多謝。うざがられているだろうけど。
[PR]
by fumiwakamatsu | 2005-08-29 13:32 | 文化人類学
<< まあ、そういう時期ですから 20年ぶりの再会 >>