Make it short, punchy, and sexy.

海外の大学院を受けようと決め、アメリカ人の教授に何のトピックで研究計画表を書けばいいか相談したときこう言われた。

"Fumi, no one cares whatever you write, or whatever topic you choose. Just make it short, punchy and sexy. If any school offers you admission and money, then your topic proves to be right!"

そして、さらに大学院に行くための3つの条件を出してきた。

1、アメリカに行くならIvy League、もしくはそれに準ずる大学院だけを受けろ。
  それ以下のレベルの大学に行ったところで教授職には就けないからな。 
2、金が出ないなら大学院には行くな。金の心配をしながら研究なんてできるわけない。
3、もし、すべり止めで上智の院なんか受けてみろ。俺が絶対に落としてやる!
  もうお前には教えるものは何もないし、第一、すべり止めなんて甘い考えで受けるなら
  大学院に行くこと自体考えるな。

オイオイ、それがこれから学者になろうと大志を抱く教え子に言うことか?と最初は反発した。
でも、今はこのアドバイスにとても感謝している。

日本人にとって「大学院に進んで教授職に就く」という選択肢は崇高なものなのかもしれない。
(一般的には、ひねくれた社会不適合者が企業への就職から逃避するための捌け口として見られてるかもしれないけど)
でも、アメリカ、少なくとも自分の周りは「金にならなければ博士号なんて取る意味ない」と思っている人が多い。
学者だからって別に一生かけてマニアックに1つのことを探求しなければならない、なんて誰も思っていない。
それよりも、学者として生きるためのスキルを学びに博士課程に来ている。

何故こんなことを書いているかと言うと、学部のサイトに名前とメールアドレスが載っているため、
博士課程を受ける受験生からちょくちょく相談のメールが来るからだ。
推敲された研究トピックを持っている人もいれば、中には「うーん、それはちょっと、、」という人もいる。

悪い例を1つ挙げよう。

去年の冬、自分の担当教官と会うためにあるアメリカ人の学生がキャンパスを訪れた。
彼は1年間日本に留学して日本語もしゃべれる。そして、研究トピックの話をすると、
「在米日本人が、どう食パンを概念化しているかを調べてるんだ」と言った。
「え、じゃあその事象を通じてどんな理論的な点を研究するの?」と聞くと、
「味のナショナリズムについてやりたい」と答えた。

開いた口が塞がらなかった。

「ちょっと待て、パンの味覚にナショナリズムもへったくれもないだろう。悪いが、そんなトピックやってどうするの?」
と、言いかける前に、彼は、
「僕は料理も好きだし、食文化に興味があるんだ。それに今の担当教官もいいトピックだって言ってくれたしね」
と、自信満々に話してくれた。

案の定、彼はハーバードを落ちたどころか、そのトピックを褒めた担当教官のいる地元の大学にすら受からなかった。

主観的に自分が好きなトピックだからこそ深く研究ができる、と言う人もいるかもしれないが、いかがなもんだろうか?
むしろ、どんなトピックを与えられても研究できるという万能型の人間のほうが学者としては素晴らしいと思う。
こんな言い方をすると嫌われるかもしれないけど、そうじゃないと時流に乗っていけない。
新しい考え方に適応できない。そして、論点を多角的に見ることができない。
職業的な学者になり、大学という組織が求める研究トピックに答えることができるほうが、自分にとっては成長できると思う。
おそらく今後もこの没個性的な考え方で生きていくだろう。

”Market yourself.”
 
これが、学部時代の担当教官が教えてくれた一番ためになるアドバイスかもしれない。
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by fumiwakamatsu | 2004-09-17 07:06 | 文化人類学
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