日常の言説と実践

明日あるパーティーの授賞式で研究課題の概要を口頭で発表するために
昨日は夜中の四時まで下書きを書いていた。自分の研究は社会問題として
興味を引く話ではあるが、人類学的にどう取り組むかが全く練られていない。
これではいけない。このままだとただの暴露的ルポだと思われる。どうしよう。
と悩みながら難産してたのだが、もうどうにでもなれ、という気分でいい加減に
書き終えてしまった。来年、外部の研究助成費を応募するときに頑張ろう。

一番の問題は、なぜフィールドワークをする意義があるのか、を明確にすることだ。
大学院に出願したときも、この前夏期調査費を申請したときも同じ決まり文句を使って来た。
「〜の大きな社会事象を理解するために、人々の日常の言説と実践に焦点を当てて解明していく。」
これじゃあ全くもって芸がない。しかしこれ以上のことをどう書けばいいのだろう?

偶然にも、日本の大学院で人類学を学んでいる方のBLOGで、ある研究助成費に応募する
ための草稿が載っていた。すると全く同じ「日常の言説と実践」という言葉を使われていた。
うーん、皆こんなもんなんだろうか?これだと、統計・文献データなどの明確に区切られた
近代的知識だけではなく、そこから逃れる雑多な部分も見ていきましょう、しか言えてない気がする。
そうではなくて、「今俺の考えている課題に答えるためにはフィールドワークをするしかないんだ!」
ということを前面に出す必要がある。そういう問題の組み立てをしていかなければいけない。

これが、なかなか難しい。うーむ。
[PR]
by fumiwakamatsu | 2005-05-14 11:46 | 文化人類学
<< 我慢大会 文化の窓口について >>