ハンチントン

「グローバル化と文化」の授業の閉めはハンチントンの「文明の衝突」だった。

冷戦後は思想・経済・国家の違いではなく9つの文明間で起こる軋轢によって
政治が動いて行くという理論。文明とは何か?ハンチントンは明確な定義を
出してはいないのだが、共通の価値・組織・言語・宗教・技術などを通じて
同胞意識を共有する最も大きな枠組みの集団、と要約して差し控えないだろう。
そのような定義だと、(1)西洋(2)ギリシア正教(3)イスラム(4)アフリカ
(5)ラテンアメリカ(6)ヒンズー(7)儒教(9)仏教(8)日本の9つに別れるそうだ。

例えばユーゴスラビアの民族紛争を挙げ、セルビア人はロシアなどのギリシア正教圏
から支援を受けていたのに対しイスラム教徒であるボスニア人はレバノンやシリアなど
中東のイスラム圏から支援を受けていた。このように人種や国家を共有しても文明の違い
が最も重要な差異となって世界を分断して行くそうだ。ほんまかいな。

序章と結論しか読んでないのであまり偉そうなことは言えないんだが、こんな単純化
された理論を人類学者が聞かされたら気が狂いそうになる。批判を挙げると、ハンチントンの文明は
(1)国家のエリートが、自国民のアイデンティティーを本質化して唱えている
   イデオロギーに過ぎず、それを客観的事実として受け入れている。
(2)極度な西洋中心主義に基づき、西洋を守るための策略を理論化の目的にしている  
  (例:ヨーロッパにとってイスラム教徒が脅威なようにアメリカに取ってメキシコ移民が脅威となる)
(3)各紛争の文脈において敵/味方の関係は変化していくものだが、それを文明という
   固定した枠組みを押し付けている。(例:シリア対レバノンなどイスラム圏内の対立)
(4)上に挙げた文明の定義は人類学者が戦前に使っていたような古い定義を無批判なまま踏襲している。

などなど。こんな馬鹿なこと言う奴がいる大学はどこなんだ!と憤ってもうちの大学なのが悲しい。
以前にも日記で書いたんだが、人類学者は批判はできてもハンチントンのように
複雑な事象を単純化して政策に役立つようなモデルを提示しない限り、社会科学の枠組み内では
周辺に追いやられてしまう。しかも、そのようなモデルが戦争の戦略に利用されていたりするのに、
(ハンチントンも政策に引用される過程で持論が歪曲されるのを嘆いているそうだ)
過去の人類学者が作った文化・文明の定義を利用されても黙っていていいのか、ということになる。

「もしウェザーヘッド国際関係研究所(行政・学問の提携を図るハーバードの研究所)に
奨学金を応募しても俺たち人類学者なんてつま弾きされるんじゃない?絶対に政治学、経済学、
社会学の生徒を優先するはずに決まってら。くそー、ハンチントンのような輩に負けるなんて、、、」
と授業が終わった後同期の皆と愚痴っていた。

しかし、帰宅してメールをチェックしてみると驚くべきメールが届いていた。
全く応募した覚えのないウェザーヘッド研究所の日本部門から奨学金に当選したという知らせだった。
疑心暗鬼で説明を読んで見ると、ライシャワー研究所の夏期奨学金に当選した院生から勝手に選定して、
優秀者に授けられる奨学金だそうだ。それもまあまあな額。いい加減な研究計画書だったのに、
あんなんでいいのか?とこっちが心配してしまう。甘やかされて悪いけど、貰えるものは貰っておく。

どうやら奨学金の名称は秋山千代賞というものらしく、北海道にある製薬会社の社長から
寄付されているものだそうだ。どなたかも存じない人から勝手にお金を頂いていいのかしら。
これで東京の飲み代も確保されましたな。というのは嘘で先ほど欲しかった本のリストから
10冊選んでアマゾンで購入した。しかも捕鯨の町に滞在できる日数が延長できそうで嬉しい。

ちなみにウェザーヘッド研究所の設立に貢献し、初代所長を勤めたのがハンチントン。

うーん、複雑。
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by fumiwakamatsu | 2005-05-04 09:38 | 文化人類学
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