希望の経済について シーン(1)

シーン(1)

タンザニアでもハイチでもバングラディッシュでも、場所は何処でもいい。時間は午前10時。

首都の郊外にあるゴミ捨て場に行くと破れた服を着た子供達が辛抱強く座っている。
山を切り開いた広大な空き地には乾燥した悪臭が漂い無機質なゴミだけが散らばっている。
歌を歌いながら退屈をしのいでいる子もいれば、虚ろな目で空に群がるカラスを
眺めている子もいる。太陽は容赦なく痩せこけた肌を焦がす。汗が額から落ちる。

突然、子供達は歓声を上げる。そう、ようやく来たのだ。ゴミを満載したトラックが。
子供達は我れ先にと駆け出す。つい先ほどまでは仲間だったのが、今や敵である。
トラックが傾きゴミが落ちて行く。その下には刃のように鋭く細い手が群がる。
ポリ袋を引裂き、まだ食べることができそうなものを必死に探す。腐りかけた肉のかけら。
魚の頭。キャベツの芯。中にはトラックによじ上り、運転手に怒鳴れる者もいる。

1つのポリ袋を奪い合うために喧嘩が起きる。大柄の少年が8歳くらいの男の子を蹴飛ばし、
袋を持って逃げ去る。蹴られた少年は腹部を抑え泣き崩れる。でも誰も気にかけない。
誰もが自分たちの闘争に夢中だからだ。ここでは弱者はただの弱者に過ぎない。
濁りのかけらもないとても純粋な弱肉強食の世界。

ようやくその子は立ち上がりトボトボと歩き始める。首都に隣接するスラム街に向かって。
距離はおよそ7キロ。熱気と空腹で倒れそうになるのを必死に堪えて歩き続ける。
往来が激しい道路に、一台の真新しいバンが通り過ぎる。中古車しか通らない中で、
そのバンはとても目立った。そしてStop the Hungerと大きく赤い文字で書かれていた。
中には意気揚々とした中年の白人女性達が語り合う姿が見える。巻き上げられた砂埃で少年は咳き込む。

ようやくスラム街に辿り着く。トタン板でできた5畳ほどの小屋の前で母親が洗濯をしている。
手ぶらで帰って来た少年を母親は無言で迎える。怒りと侮蔑とやるせなさが混じった視線。
少年は母親の目を見ずに暗い小屋の中に入る。地べたに敷かれた筵の上に体を横たえ、ただ飢えをしのぐ。
横には栄養失調で腹が大きく膨れた2歳の弟が寝ている。体の大きさは生まれた当時と変わらない。
もう声をかけても反応しない。鼻水を垂らし、虚ろな目で天井を見上げている。
少年は溜め息をもらすことなく、同じように天井を見つているうちに眠りに落ちた。

昼の3時頃、やけに外が騒がしくなったので少年は立ち上って外に出る。すると帰り道に見たバンが止まっていた。
白人グループ5人を代弁する現地人の通訳が、周りを囲む母親達に向かって大きな声で演説している。
「私達は、このスラムに小学校を建てるためにはるばるアメリカから来ました。皆さん、
子供達に教育を受けさせるようどうか私達に協力して下さい。子供に教育を施すことが飢えから
逃れる唯一の方法なのです。」通訳の後ろに立つ白人達は皆大きな笑みを浮かべている。
対照的に黙って聞いている母親達は疑いと失望に満ちた視線を投げかける。

白人グループの中にいる1人の女性が少年の視線に気がついた。そして、手で「こっちにおいで」と招く。
おそるおそる、少年は演説の中心へと歩み寄る。白人女性は大きな笑みを浮かべ少年の肩に両手を置く。
そして、聴衆の方に彼を向けさせ、彼女は通訳を通して1つの質問をした。

「君は大きくなったら何になりたいの?」

少年は焦る。そんなことをじっくり考えたことが無かったからだ。不安な目で周りを見渡し、
うつむいてしまう。勘違いした白人女性は「照れなくてもいいのよ」と、英語で語りかける。
彼はさらに迷う。必死に答えを探す。そして、とうとう唯一知っている”正しい”答えに行き着いた。

「、、、、お医者さんになりたい」

通訳を通じてその答えを聞いた白人女性はさらに笑みを広げた。
「どうしてこの人はこんなに大きく口が広がるんだろう?」
少年は昔母親から聞かされたお化けのことを思い出す。

「それ見て下さい!子供達は教育を望んでいるんです!皆さん、どうか私達に協力して下さい!」
通訳はさらに息巻いて声を張り上げた。白人女性もさらに強く少年の肩を握り、耳元で英語で囁いた。
「あなたならきっとお医者さんになれるわ。決して夢を諦めずに頑張ってね。」
理解不能な言葉に少年は怖じ気づく。しかし、引きつりながらもなんとか笑顔を見せた。
笑顔を見せればこの人達も幸せなんだろう、という大人の考えができたいたのだ。

母親達は、相変わらず確信に満ちた疑いの視線を投げかけていた。少年が医者になれないことなど、
誰もが知っている。なぜ外から勝手に入って来た欺瞞のせいで私達の子供を奪われなければいけないのか。
彼女達の目元は硬く、瞬きすらせずに白人女性達を見つめる。日焼けもせず厚く化粧で塗られたその顔を。


(追記)
今日は珍しく朝の5時に目が覚めた。キッチンでコーヒーを啜っていると、
これまた珍しくルームメイトも起き出して来た。なぜ早起きをしたのか、と
尋ねると、今日はボストン市内で「Hunger Walk」があるから参加するとのこと。
窓から見上げた空は曇っていた。「歩いたからどうなるの?」とは言わずに
ただ「雨が降らないといいな」とだけ伝えた。只今、午前10時。外は雨が降っている。
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by fumiwakamatsu | 2005-05-01 23:04 | 文化人類学
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