京都の穴場 その4

b0017036_13212327.jpg今日は京都人の驕りを前面に出して日記を書きます。
小学校の頃、上野公園で花見の陣取りをするために寝泊りしているサラリーマンをテレビで見て、「なんで東京人はそこまでして桜見たいんやろうなぁ?桜なんてどこでもあるのにアホちゃうか?」と母親に言った。母親は「うちみたいに目の前に桜並木があるってわけじゃないのよ、東京は」と諭した。実家では台所から十分に桜並木が見れたので、この母親の言葉は本当に東京に行くまで理解できなかった。我が家でも毎年4月には花見をしていたのだが、「花見=特別な桜を見に行く」という定式が成り立っていた。そこで恒例の場所が左の枝垂桜がある丸山公園。祇園の八坂神社を突っ切ると、桜で満たされた公園が広がっている。その中心に齢100年以上の枝垂桜があり、毎年この時期にはライトアップされる。

お勧めはもちろん夕暮れどき。東側からこの桜を眺め、西山の稜線に太陽が沈みかける
ほんの数秒が息を飲む美しさになる。紫と橙の斜陽が桜のピンク色と交わる瞬間、
急に周りが静寂になり、時が止まる。見る者全てを圧巻しているからだろう。
毎年、この瞬間を味わってから我が家は近くの野原で茣蓙を引いて花見を始めた。

と、こんな風に書くと幼少の頃から感受性が豊かだったように聞こえるかもしれないが、
所詮ガキは「花より団子」。辛抱強く夕日が沈むまで待つ両親に「はよ飯食おうなぁ」と
駄々をこねたり、兄貴達と別の桜の木に登って遊んでいたりした。
上の記述は、ノスタルジーの美化作用(でも本当に綺麗ですよ)。

花見の時期だけ丸山公園には「見世物小屋」が立つ。日本で2件しか残ってないはずの
1つだ(もう1つは花園神社の酉祭に出るやる)。牛に人間の顔が描いてあるグロテスクな看板を
見るたびに、おっかなびっくりな気分で両親に入れてもらうよう頼んでいた。しかし、実際に父親が
中に連れて行こうとすると臆病になって逃げ出していた。あの見世物小屋は今もまだあるんだろうか?

18才で東京に出てから桜の時期に帰省したことが一度もない。大学の春休みはいつも
海外に貧乏旅行に出かけていた。むしろ京都でゆっくり花見をしておけば良かったなぁ、と今になって後悔している。

今年のボストンは例外的に春が早く訪れた。
京都はすでに桜が開き始めるほど暖かくなったのだろうか。
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by fumiwakamatsu | 2005-04-04 14:04 | 雑記
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