土台について

小学校の砂場でよく山を作っていた。
たいていの場合、山を作り終えた後にはトンネルを掘り、
そこに水を流して1つのジオラマを完成させるのが目的だった。

ある日、友達と一緒に砂山を作っていた。
こちらがさっさと砂を盛っていけば、彼はいつも頂を手で押しつぶして平らにしていた。
「せっかく砂を盛っているのになんで壊すんだ?」とつっかかると、彼は
「こうやって何度も平にすると土台がしっかりするんだ」と説明した。
早く山を作り上げようと焦る自分をなだめながら、彼は何度も平にしていった。
そして、ようやく強固な土台の上に山ができ、トンネルを掘って水を流した。
たいていは水を流した時点で崩れ落ちることが多かったのが、このときは崩れなかった。
なるほど、とこのときばかりは納得し、忍耐強い友達を尊敬した。

学問も全く砂山と似ている。
ある研究課題をどんどん飛躍させて面白いように書こうとしても土台がないとすぐ崩れ落ちる。
重要なのは、頂を潰されたように、自分の書いたものを壊す批判をしてくれる人間がいるか、だ。
批判を繰り返されるうちに土台が固まって行き、自分の研究課題の意義が明確になってくると思う。

以前書いたレポートを学科の同期に批評してもらったのだが、それを訂正してある授業に提出しようと思っている。
が、批判が的確すぎてどう改善すればいいものか、途方に暮れている。提出時刻まであと17時間程度。
崩され過ぎるのもよくない。でも、それに負けてもいけない。
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by fumiwakamatsu | 2005-01-28 13:58 | 雑記
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