勉学とは?(続編)

学部時代の指導教官は自分が渡米する前にこう言った。
「Fumi, 大学院の最初の1年は自分の研究課題なんて忘れていいんだ。
それよりも古典理論をただじっくり読まされるからそれに集中しなさい。
マルクス、ウェーバー、デュルケイム、ジンメルの著書を聖書のように読んで味わい尽くしなさい」

しかし、先生の行っていたシカゴ大ではどうだったか知らないのだが、
去年取っていた人類学概論の授業では、これら四人の著書をたった2週間で済まされた。
もちろん、ほとんど流し読みだったのだが、幸いにも学部のときに古典社会理論の授業を
取っていたので、そのときのノートを見直して、なんとか要点を抑えたという感じだ。

もっとひどかったのが、2期目の人類学概論の授業。
ソシュール、レビーストロース、オースティン、デリダをたった一週間で終わらせた。
もちろん重要な章だけ抜き取って読まされたのだが、それでも合計3冊分の分量はあった。
それに加えて、さらに2冊別の本を読まされたので、もう頭がパニックである。
断っておくけどこれはたった1クラスの授業で、これに加えあと3つの授業で3冊宿題が出ていた。
ありえない分量の本を読まされてもしっかり内容は把握しておかなければならない。
というのも授業中のディスカッションで的を得た発言をしなければならないからだ。

昨日の日記で、「勉学する金がないと本当に使命感があるとは言えない」という驕りぶったことを書いた。
しかし、この大学では金をやるぶん勉強漬けにしてやる、という方針なのだ。
そして、このように酷使されて心身ともに限界に達したとき、まるで天の声を聞くが如く
「ああ、学者になるのが俺の使命なのだ」と錯覚して行くのである。

世の中って上手くできてますね。

<宣伝>
知り合いのOL3人バンド、MonbijouxがCDを販売しているそうです。
試聴してお気に召した方は是非ライブまで足を運んでCDを買ってあげて下さい。
[PR]
by fumiwakamatsu | 2005-01-08 05:51 | 文化人類学
<< メヒコ 勉学とは? >>