へりくだった高み

カミュの『転落』について。

ある落ちぶれた男がバーで過去を語る。
彼は裁判官だった。そして裁判官として道徳を判断する最高権威を持っていた。
それなのに自分のことを「改悛した判事」と呼ぶ。

一体何を改悛したのか?

彼はある晩、悲劇に遭遇した。
1人の女性が運河に飛び込み自殺をする現場を目撃する。
「ひょっとして自分が助けに行けば女性も思い直すかもしれない。」
「いや、助けたところで彼女はもう一度自殺を繰り返すかもしれない。」
彼は迷う。しかし最終的に見て見ぬふりをした。もちろん女性は死亡した。

この日以来、彼は裁判官を辞めてしまった。
というのも「他人の道徳を判断できる権利は誰にもない」という結論に達したからだ。
改悛したというのは、そのような自分の驕りに気付き放棄した、という意味だ。

しかし、彼は本当に改悛したのだろうか?

「他人の道徳を判断できる権利は誰にもない」と判事が言ったとき、聞き手は納得する。
そこで判事は逆に改悛した自分を褒め称える。
「それ見てください、改悛した私の言ったことは正しかったでしょ。ね?
だからあなたも改悛しなさいよ。ね?わかりましたか?ね?」という具合に。
結局はへりくだったからこそ得れた高みに酔いしれていただけで、何も改悛なんてしてなかったのだ。

もし自分が文化人類学の授業を受け持ったらこの本を課題にしたいな、と思った。
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by fumiwakamatsu | 2004-12-19 07:00 | 文化人類学
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