"Theory, thoery, who's got a theory?"


特別講義に来たWeston教授のLong Slow Burnという本に収められた、たった5ページの短い文章。これは社会科学を専攻している人に是非読んで欲しい。

彼女は理論化というものを2つのタイプに分けている。

1つは Straight Theorizing。ようは一目見て理論としてわかる理論だ。西洋の哲学者を引用し、着飾った補足文で彩られた理論。

もう1つはStreet Theorizing。これは普通の人たちが日常を生き抜くために紡ぎ出した理論。日常の背後にある権力関係を端的に示し出す知恵袋のようなものだ。

Westonは人類学におけるゲイ・レズビアン研究が前者に偏っている点を嘆いている。

「ほら、見て、文学者さん!人類学者もデリダを引用してるのよ!決して乗り遅れてないのよー!」

と、競ってアピールするが如く、、、。

では、どうやって後者を使うかだ。ただ説明するための「データ」ではなく、レトリックの戦術、もしくは、そこから勝手に説明があふれ出すような形で使えないか、と模索している。

そこで彼女は空港で出会ったメキシコ系の母子について語る。

8歳くらいの子供が兵隊の歩行の真似をする。

「HUP, two, three, four, HUP, two, three, four」(訳すと、「それ、にー、さん、しー」かな)と叫びながら、背筋を伸ばして椅子の周りを歩き始める。

たまりかねたお母さんが「うるさいから止めなさい!」と叱る。

子供は「だってママ、今のうちに練習をしておかないと軍隊に入れないじゃないか!そうしたら大学も行けないんだよ!」と言い返した。

その返事にどうすることもできず、子供がまた一から歩行練習を繰り返す姿をお母さんはただ見つめる。

人種差別、階層化、そして軍隊が上位動態の道具として機能している点がこの1シーンに凝縮されている。

WestonはこのようなStreet Theoryをどうやってゲイ・レズビアン研究に取り入れることができるか、課題に挙げている。

この短い一章を読んで、民族誌は詩学なんだ、と再確認した。
人々が日常の中で織り成すメタファーの背後に一体何がほのめかされているのか。民族誌はそれをただ読み解く作業であって、決して「理論を真実」として提示する科学ではない。

他の社会科学では、まだ理論が全てと信じてる分野が多いのじゃないだろうか?そんな社会科学者にはStraight TheoryとStreet Theoryのどちらが有意義なのか考えて欲しい。だって、学者が提案するStraight Theoryなんて、学問という閉じられた世界で生き抜くためのStreet Theoryでしかないのだから。
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by fumiwakamatsu | 2004-08-27 14:18 | 文化人類学
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