Mobility

人間誰しも動く。国境を越え、海を越え、大陸をまたぎ、人間は歴史上常に動いていた。

なぜこんな単純な事実を誰も社会理論に取り入れなかったのか?

「ならば理論を動かしてみようじゃないか」

という一言で始まったのがMobilityという授業だった。

最初のクラスはマルクスの批判だった。

マルクスの経済理論はアダムスミスの「富国論」に基づいている。

財産の形成は土地、工場、人材という三つの要素から成り立っており、従って地主、工場所有者、人材斡旋者に必然的に富が集中するというのが富国論の大まかな内容だ。

では、アダムスミスがこの理論を提案したときその三要素はどこから来ていたか?

イギリス政府は当事奴隷制に基づいてプランテーションを経営していた。つまり、土地はアメリカ、工場はイギリス、そして奴隷はアフリカから連行されており、すでに大西洋をまたぐ大きな経済構造が形成されていた。

アダムスミスが富国論を提案したとき、彼は奴隷制度の暴力性をすでに理解しており、イギリス政府に対して道徳的な批判を行っていたのだ。

しかし、マルクスの「資本論」に至ると、三要素が大西洋を動いていた事実は消されている。これら三要素は常にイギリス国内から発生し産業革命を経て世界市場が自然と拡大される、という筋書きに変わる。

つまりのところ、彼はMobility(移動性)を無視することで初めて自分の理論を打ち立てたのだった。

「移動性という概念を取り入れて過去の理論を崩していこう。」

最後にそう言われたとき、さすがに身震いした。そしてこの時ばかりでなく、毎授業、「えーそんな風にも考えられるの?」と最低3回は心の中で唱えるほど素晴らしいクラスだった。

その授業を教えていたのはマレーシア出身でシカゴ大で博士号を取った若い教授だった。博士論文を仕上げる前に採用されたといううちの大学では奇跡的な存在だ。その実績通り、ものすごく明晰で鋭いアイディアがポンポン口から出てくる。しかも人当たりが良くて、生徒全員が好感を持っていた。

授業の最終日、教授と共に皆で飲みに行った。いつもどおり笑いが絶えず楽しかった。

そしてある生徒が最後に「来年はどのような予定なんですか?」と聞いた。教授は「来年は最初で最後の有給休暇さ。旅を続けながら論文を書こうと思う」と返事した。

その後一同静まり返った。つまり休暇が終わったあとは帰ってこない、という意味だ。

彼は今年で講師の期限が切れるので、後は大学側が正式採用するかどうかにかかっていた。噂でNYのある大学からオファーをもらっていることは知っていたが、まさかうちの大学がこの教授を引き止めないとは思っていなかった。自分の論文査定委員に入ってもらおうと思っていたのに。すでに名声を上げた年配の教授しか雇わないこの大学が腹立たしくて仕方なかった。

でも最後に彼の授業を取れて本当に良かったと思う。
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by fumiwakamatsu | 2004-08-27 14:17 | 文化人類学
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