Railway Urbanism

田園都市線沿いに住むある女の子が将来も田園都市線沿いに一軒家を構えてくれるほど収入のある人と結婚したい、と言っていた。

この子は一生東急の奴隷として生きていく。
東京私鉄沿線に住むというのは、最寄の私鉄会社に一生金を払い続ける、という循環から逃れられない。

小田急を例にとろう。

まず小田急沿線には小田急不動産会社が建てた郊外の一軒家が立ち並び、駅から最寄のバス亭に行くには小田急バスに乗らなければならない。

そして週末は新宿の小田急デパートのバーゲンに翻弄されるか、小田急の最終駅近くにある娯楽施設に遊びに行くために小田急に乗るか、という消費パターンにはまる。

これが東急ならもっとひどい。だって広告会社まで経営してるいるから。
「田園都市線に住むのはハイソな生活の象徴です」という言説すら自ら創り
出すことができるのだ。

日本の私鉄会社は郊外の商業化と同時進行していった。
そして目に見えない消費の循環を生み出してる。
先述の女の子のように「田園都市線に住む=ハイソな生活」と思い込んだら、「ふふふ、奴隷がもう1人できあがり」とほくそ笑んでる奴が影にいるのだ。後はハツカネズミが車輪を永遠にまわし続けるように、死ぬまで生産と消費を繰り返すだけだ。

Railway Urbanismって怖いでしょう?

追伸:
フランクフルト学派ベンジャミンは「音楽やネオンが視覚・聴覚を混乱させ、思考を麻痺させる。この効果こそ文化産業が消費を促進するための切り札なのだ」と言った。この理論に基づき歴史学科にいる日本人の友達が、明治初期の私鉄デパートと音楽産業の発展というテーマで研究をしている。それを聞いたとき「やられたー!」と思った
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by fumiwakamatsu | 2004-08-27 14:11 | 文化人類学
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