マイケル・ジャクソン考

先日、学会でアリゾナにいたのだが、学会が終わってから帰りの飛行機に乗るまで時間があったので、1人で映画を観に行くことにした。そこで、色んな人がコメントしていたマイケル・ジャクソンのドキュメンタリー映画「This is it」を選択。観客たった5人ほどの閑散とした映画館の中でマイケルの激しい踊りを観る。

率直な感想は、計算された演出だな、に尽きる。こういうことを言うと冷めた意見に聞こえるかもしれないけれど、この人は最小限の労力で最大限の演出を醸し出すことの出来る天才、というのが正しいと思う。普通に考えれば、齢50歳にもかかわらず、あれほど動き回って口パクもせずに歌える、というのは不可能な話である。でも、その不可能なことを可能にさせているのは、周りの演出の上手さに他ならないと思う。バックダンサーやコーラス、その他の舞台演出が最高潮に盛り上げさせた上で、マイケルがその高波に上手く乗っている、という感じだった。

例えば、バックで激しく規則的に踊っているダンサーの前で、水平的なムーンウォークを入れたり、コーラスが盛り上げて最高潮なときに裏拍のリズムでシャウトを入れたり、という具合に、周りとは異なるよう不規則な歌や踊りを披露することで頂点の存在を際立たせていた。決してマイケル自身が1から10まで盛り上げているのではなく、10まで盛り上がったところに11を足している、という具合である。よく見れば、本人自身はそれほど激しく踊っているわけでもなければ、声量だって大きいわけではない(リハーサルを撮影していから、とも言えるけれど)。

ただ、やはり天才的なのは、その高波に入っていくことの上手さが半端じゃないところだ。ムーンウォークに入る前の姿勢や手の位置の置き所や、たとえ小声でも鼻濁音を使ったシャウトの仕方などが完璧だった。おそらくなのだが、この人は、普通の人間が一つのリズムを刻むところを、16ほどに分けて動くことができ、さらに、3、4手先の動作まで瞬間的に頭で描くことが出来る人なんだろう。例えるなら、サッカーの中田がキラーパスを出す前に全ての選手の動きを予測して、間隙を突く、という天才さに似ているのだと思う。だからこそ、最小限の労力で最大限の演出を醸し出せれるのだろう。

というわけで、決して他の人がコメントしていたように、マイケルの純真さ熱狂さに圧倒されることは無かったのだが、その無駄の無い所作には感服してしまった。あと、ジャクソンファイヴ時代の「I want you back」が流れたときに、マイケルがちょっと歌い辛くなっていたのが、昔の記憶などが蘇っていたからかな、と思うと、少しこちらも目頭が熱くなった。こういう変なところで、感動していたけれど、全体としてはそれほど感激することはなかった。なにはともあれ、一見の価値があることは間違いないです。
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by fumiwakamatsu | 2010-01-18 11:27 | 雑記
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